終夜(しゅうや)
 さすがに、同じ服を着続けていては不衛生なので、時折、私がクリーニングに出していたが、家に帰ると、全く同じ汚れ方をした服を着ているのだ。
 クリーニングに出し忘れたかと思って、慌ててポケットの中を探ると、そこには確かに、小さな預り証が入っている。

「何、これ。」

 この現象に馴染めなかった頃は、言いようの無い不気味さを感じたものだった。
 いくら、同じ場所に汚れが付くと言っても、大きさや色まで全く同じ汚れが、何度も何度も付くのだろうか。

 そんなはずは無い。

 現に、クリーニングに出した直後の服には、そのようなシミなど付いていない。シミ抜きした服を着てから数日後に、同じ場所が汚れていく。

「すまない。料理を作っていた時にシミが出来たようだ。」

 言い訳をする仁に対し、私は何も問いただせない。

 確かに、料理を作っていたり、洗濯をしていたりすれば、服のどこかが汚れることもある。
 袖口などは汚れやすいのだから、何度も汚れることもあるだろう。しかし、まるでコピーしたかのように汚れる。

 それ以上はもう、考えたくなかった。同じ場所に居たくなかった。

「その後、どうなったんだっけ……。」

 涙を止めることもできず、私は断片的な記憶を辿る。

 確か、あの時は、コピーしたかのように存在する服に恐怖感を感じ、しばらくの間、お互いに話しかけることもできずにいたが、私は声を振り絞り、仁に声をかけてみたが、返事は何一つ返ってこなかった。

 私は無言のままバスルームへと向かい、脱衣所で服を脱いでいだ。

 このYシャツのボタンは、少し外しづらい。ヘソの下側にまで付いているボタンを外し、左側からシャツを脱いだ時、私は、服に体臭が染み付いていることに気付いた。
 そう言えば、この服は洗い忘れていた。それだけじゃなくて、最近は、自分で着るための服を買っていない。

「何も言わないけど、自分の服を女が着ていたら、少しは嫌な気持ちになるのかな。」

 あの時の仁は、私が男物の服を着ていても、何も文句を言わなかった。
 自分の服を、見知らぬ女が着ていると言うのに。

 所有欲と言う感情すら、この人は持たないのだろうか。
 そう思っていたが、真相は違っていた。

「私が着ても、同じことなんだ……。」
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