終夜(しゅうや)
 肩の辺りに、今も仁の体温が残っているような気がした。
 二人で居るときは、昔からの習慣のように、仁は私の肩に腕を回し、抱き寄せていた。

 見知らぬ他人同士のはずなのに、まるで心が通じ合っているかのような一体感が沸き起こり、その度に私は、仁の胸元に頭を押し付けて甘えた声を出していた。

「ねえ、また昔話を教えて。」
「どんな話がいい。」

 下手な演技で二人分の言葉を語り、私は彼に対して、昔のことを語り始めた。もう、戻れない。
 自分に対して言い聞かせても、自覚することは難しい。

 あの時から既に、仁が私の元彼になることは決まっていたのだ。

 一人でベッドに座り込み、力なく倒れこんだ私は、シーツを引き寄せて軽く泣き、それから布団をかぶってしっかり泣いた。
 思い出すたびに、泣くことしかできなかった。

「前は、こんなことで泣かなかった。」
 泣く度に昔のことばかり思い出してしまう。なのに、私は回想する。
「ねえ、こんな生活、楽しかったの。」

 どんな風に聞いても、どんな時に聞いても、仁は楽しいとは言わないと思う。
 楽しむことを出来ない人だから、生活が楽しいと言う発想自体無いのだろう。

 仁は、ただ生きているだけの人だった。
 機械よりも曖昧で、人間よりも融通の利かない彼の人生。
 本当に、楽しかったのだろうか、私は、それを知りたい。

 生活費は彼が負担し、何割かは私に渡されていた。
 それはいわゆる『お小遣い』と言う物で、月に数万、多い時には十数万の現金が手渡されていた。

 収入の増減に波があるのではと推測したが、そう言った様子も無く、仁はいつも机に向かって、何かの手続きを繰り返していた。時折、男性用の下着が数着まとまって送られていたので、通販を利用していたことは確かだ。

 だけど、服を買っていた所は見たことが無かった。別に、下着姿で居るわけではなく、いつも、同じ服を着ていた。
 オシャレに関心が無い男だと言っても、普通は、数着の服を持っている。

 そのはずだが、仁はいつも、同じデザイン、同じ素材、同じ汚れ具合の服を着ていた。
 まるでコピーしたかのように存在する袖のシミ。
 人為的に作られたかのような擦れた跡。

 不気味なくらい、同じ服を着続けていた。
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