隠れクール上司~その素顔は君には見せはしない~1
高額な給料で最高のデートをしてくれるんだと思う。
「はあぁあ」

 大きなため息と共に、斜め向かいの席に座るのを気配だけで感じ取る。

「……エビフライねえ……」

 毎日会社で一括注文する、日替わり弁当の中身のことだ。

 関 一(せき はじめ)店長は、出社の日は必ずそれを注文し、食べている。それが、今日はエビフライだったのだ。

 関から見える範囲で小さな弁当を持参して来ていた関 美生(せき みお)は、心で大きくガッツポーズを決める。関が出社している日で、昼食時間が同じになりそうな時だけ弁当を作ってくるのだが、今日はこの広いスタッフルームの中で、めちゃくちゃ近くに座れた最高の幸運の日だ!!

 絶対家庭的な女だと思われている!!!

 美生は、確信をもって、ゆっくりと弁当を食べる。

 家電専門店、ホームエレクトロニクスの制服は、男性は黒いスーツなのだが、その袖から出た固く大きな右手が箸を持ち、左手はスマートフォンを器用に操作している。

「てんちょー」

 明るく、それでいて最高に邪魔な声が聞こえた。新人男性の九内(くない)だ。

「あぁ、お疲れさん」

「あ、今日はエビフライ!」

 九内はカップラーメンに湯を注いだ物をあえて、関の隣に置き、その席を確保する。

「あげないよ」

 またそういう冗談が可愛い……。

「俺ラーメンだから大丈夫です!」

 なんで店長の隣の席でわざわざラーメン食べるかなあ、この新人は……。

 と、思っていると、

「お疲れ様です」

 九内のコーチャーである、桜根女史が今度は関の反対隣に腰掛けた。何故か2人で挟む座席の取り方で、美生はひそかに首をかしげる。

「おう、さっきのどうなった?」

 の、関の問いに

「さっきのってなんでしたっけ?」

 桜根は、宙を見上げながら、手はコンビニのサンドイッチを袋から取り出している。

「だからぁ、…ってことは大丈夫そうね」

「え? 何でした?」

「……、他店に移動する照明器具の…」

「それ私じゃないですよ」

「え? さっき話したじゃない」

「店長いくつなんですか?」

 九内の話の腰を折る不躾な問いに、

「まだぼける年じゃないよ」

 関はじろりと22歳の九内を睨む。

「あー、他店移動の時計の」

「ああ、時計だったか」

「全然商品違いますよ」

 笑う九内に、

「あんたねー、店長に向かって笑うなんて失礼よ。そんなの大した間違いじゃないでしょ!」

 桜根は叱るが、

「桜根さんも今思いっきり私じゃないですよって言ってたじゃないっすかー」

「それは事実よ!」

「俺が言ってんのも事実っすよ」

「もういいから…」

 関はうんざりしたように言う。

「で? 店長はいくつなんですか?」

 九内は関に聞くが、

「えっと、確か花端副店長の3つ上だから…36」

 桜根が答える。

「へー……花端副店長33だったんだ」

 九内は違う感想を述べた。

「あ、やめてよね。それ言うの」

 桜根はギリッと九内を睨んだが、逆に彼は笑って

「別にいいんじゃないっすか? 思ってたより若いし」

「それどういう意味よ!」

「え? ああ……。店長はどう思います?」

 九内のむちゃぶりに、

「都合の悪い時だけ僕にふるの、やめてもらえる?」

 言いながら、早くも空になった弁当の容器をゴミ箱に入れようと、立ち上がる。そのまま店長室に行くようだ。

 美生もそれにならって慌てて食べる。食べた後はいつも店長室と決まっているからだ。今度は狭い店長室で2人きりになれる可能性がある!!

「……店長ってなんかぼーっとしてますよね、いつも」

 九内は桜根に言う。

「うん。前からあんな感じ。ここに来て2年になるけど、いつもへらへらしてるよ。しかも、雑だし」

 桜根の暴言に、美生は俯いたまま目を見開いた。

「雑なんすか?」

 美生は早く食べ終えたいと思いながらも、しっかりその話は耳に入れておく。

「前の店長は結構きっちりしてたから。それにしたら、結構雑だよ。でも2年もここの店長が続いてるし、売上もまあまあだからそれなりに評価はされてるんだろうけど」

「へえー。でもなあんでその店長がモテるんすかね」

「私の好みじゃないからよく分かんないけど、好きな人結構いるよねー。優しいとか可愛いとか」

「優しいは確かにそうだけど。可愛いってなあ……」

「うーん……可愛いってなんだろ。多分それは、色々誤魔化されてるんだと思うけど」

「何を?」

「うーん……。失敗しても、いいよって言うじゃん。そことか?」

「いいよなんて俺は言われたことないっすけど」

「なんか時々言うのよ。なんでこの失敗がいいの? って私も思うんだけど」

「じゃあ、女の人には優しくしてるってこと?」

「いや、そうも感じないんだけど……」

 2人の話題が逸れ始めたので、美生は、弁当をしまい立ち上がる。

 カウンター副部門長という役職を与えられている美生は、1人きちんと理解しながら席を離れた。

 役もない者には分からないだろうが、関が大抵いいよと言って叱らない時は、一度目の失敗の時であり、次を期待している時だ。再び同じような失敗をした時には、それなりに叱っている。

 だから、それにならって自分も、1度目の失敗の時は叱らないようにしている。そういう指導方法を直接受けたわけではないが、少しでも近づきたくて、少しでも理解されたくて、少しでも好きになって欲しくて、そうしている。

 全ては、関のことが好きだからだ。

 開け放たれた店長室で、関が1人パソコンに向かっている後姿がすぐに目に入る。

 2人きりになれると期待して入るものの、既に役職者の男性が1人いる。

 店長室には誰でも入ることが出来るのだが、店長、副店長が使う専用のパソコンと重要書類を置いてあるので、基本的には役職者がそこで資料を確認していることが多く、どう画策しようともこのパターンが多い。

「店長」

 しかも丁度男性が話しかけているところだ。

「商品管理の報告書、出来たのでここに置いておきます。また、目を通しておいてください」

「はーい」

 その方を見ようともしない。

 パソコンの画面はここからはよく分からないが、数字の羅列なので、他店の数字を見ているのかもしれない。

「………、昨日、間違えて発注した分の冷蔵庫どうします? あれは売りにくいと思いますよ。高いし」

「うーん」

「値段も下げられないし、色も緑だし…」

「うん、任せるよ」

「……どうしよっかな……」

 男性は腕を組んでしまった。

「部門長が言ってたんですよ、良い場所空けて思い切って赤字で売るかって。でもそうしないと多分というか絶対売れ残りますよ」

「……一番高いSWの隣にまずは置いてみたら? 同メーカーで値差があるし。緑がいいって人がいたら売れるかもれしない」

「はぁ……なるほど……。でも、そしたら場所がありませんよ。あの辺りは商品が詰まってるんで」

「……まあ、ズラすしかないね」

「でも、ズラしたら、端のがあぶれますよ」

「……うん、じゃあそれは部門長に考えてもらおう」

「………大丈夫かな……」

 呟きながら、男性は、動かない。

「………何が?」

「……いや……」

 そこで美生は腕時計を確認して、部屋の外へ出た。そろそろ休憩時間が終わる。

 今日はとびきり近くにいれた喜びで胸が溢れ返っている。

 さっきの関は、クールな感じで恰好良かった。

 食事の時のエビフライの一面があり、仕事で的確なアドバイスを下すという一面がある。可愛いと知的がバランスよく混在している性格。その上もちろん外見もいい。

 細身で背が高いが、骨は固そうでしっかりしていて、顔も切れ長の目を中心に、整っている。

 少し長めの前髪と硬そうな髪の毛がクール感を演出していて、その見た目でエビフライのことを言われると、きゅんとくるのだ。

 多分きっと、話せばもっと優しい一面があって、きっと彼女になったらめちゃくちゃ優しくしてくれて、高額な給料で最高なデートをしてくれるんだと思う。
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