隠れクール上司~その素顔は君には見せはしない~1



 泊まる用意をして来なかったので、先に近くのスーパーに買い物に行ってから、ホテルへ向かう。

 305号室。いつから予約していたんだろう。

 ふと気になって、受付に予約時間を聞くと30分前ということだった。あの電話をしながらタブレットで予約したに違いない。

 航平君は本当にデキル男だ。もし、あのままお姉ちゃんと結婚していたら、全く違う道が見えていたのに、と思う。
 
 結婚や子育てが幸せではないかもしれないが、今のこの状態が幸せだとは、あまり思えない。

 ……それでも、自分なりに幸せだと思っていてくればいいんだけど……。

 考えながら、風呂に入り、スーパーのサンドイッチを食べる。航平君はどこのホテルを予約していたのかは知らないが、おそらく会社の経費で落ちる場所だし、他のスタッフとも同じ場所だろう。

 窓に映る自分の姿を見た。

 白いガウンに、冴えない顔が浮かんでいる。

 時刻は23時を回っている。大事な話があると言っていたし、21時半から食事だとしたら、余裕で24時になりそうな気がする。

 風呂に入って食事を済ませると、随分眠くなったが、テレビをつけてベッドに腰かけておく。


 ふと、携帯のバイブ音に気付いて目が覚めた。

「…はい!!!」

 無駄に起きていたという証拠を出す。

『今店出た。10分くらいで着くと思う』

 ベッドサイドのデジタル時計は23時55分。

「うん……ありがとう。お疲れ様です」

『……ロビー着いたら降りて来てくれる?』

「え、ロビー?」

 てっきり部屋で話すものだとばかり思っていたので、今からガウンを脱いで、汚れた制服を着るのが嫌になる。

『今の時間は人もいないと思うし。僕は明日仕事だからすぐ帰るし』

「あ、そう……いやてっきり、部屋で話すのかと」

『部屋? いつも嫌がるでしょ』

「それは、自分の家だし! だからもうお風呂入って着替えちゃったし。着替えがないし」

『服くらいなんでもいいでしょ。着て来た服着れば』

「うん……」

 こちらから誘っておいて、服がないから下に行けないとは言えない。

『…部屋で話すの? というか、関の話でしょ? 場所はどこでもいいでしょ』

「違うの。今日のは結構入り込んでる話なの」

『…………部屋で話す?』

 向こうが聞いてくるなんて、珍しい。

「その方がいい。だってもうガウンなんだもん」

 それから20分くらいして、ようやく電話が鳴り、航平君は目の前に立った。

「……、普通ね、他人が前にいる時は服着るもんだよ」

「え? これ服じゃん」

 ガウンがどうおかしいんだと、続けようとしたが、

「……で?」

「えっと……」

 美生は、すぐ中に入り、ベッドに腰かける。

 航平も同じようについてくるものだとばかり思っていたが、ドアに背を持たせたまま腕を組んでいるので、

「え、こっち来たら?」

「いいよ。 で?」

 随分毛嫌いされている。

 美生は仕方なく立ち上がると、玄関側の横にあるバスルームの一段上がったドアを開け放して、そこにバスマットを敷いて腰かけた。

「花端副店長がね、今日言ってきたの」

「花端? 杏子?」

 素で驚いている。良かった。これで、そんな話かと言われずに済む。

「うん。絶対に誰にも言っちゃいけないって言われたの。でも航平君は知ってる事なの……。
 それを、私に隠してたんだなって。アイツは根が深いって言ったのは、そういうことなんだなって」

「どういう話?」

 航平は眉間に皴を寄せている。

 美生は、順序立てて話す事を決め、

「最近、結構関店長が話しかけてくれるようになってたの。あの…お葬式の後から。私もそれは感じてたけど、他の人にも言われるようになった。だから、本当にいい感じだとは思うの」

「……で?」

 納得いかない、といった声だ。

「……で……。今考えたら、花端副店長にそれを邪魔されるというか…わざわざ話に入ってくる事があったと思う。だから、邪魔しにきてたんだと思う」

「……」

「で、今日。関店長の……あ、店長室で2人きりの時になんだけど。
 関店長の住所には誰もいない。今回の葬式は、自殺した夫婦の妹さんなんだって」

「………」

 航平の顔は到底見られない。

「パワハラで…自殺したんだって。その子供の面倒をみてるんだって」

 沈黙が怖くて、すぐに他の話題に繋げた。

「でも、ここから先は私の予想なんだけど、その子供さん、私立の受験受けたと思うの」

「……受験?」

 航平はようやく口を開いた。

「うん。関店長が連休とってた日、綾南と、北大の受験日だったの。だから、絶対どっちか受けたと思うの」

「…関が言ったんならそうなんだろうけど」

「いや、それは他の主婦の人が言ってたから」

「子供の話が広がってるのか!?」

「いやっ、そうじゃなくて! その日は中学受験の日なんだって。試験と面接で2日あるからって」

「……だからって、親が休む必要ないだろ」

「行けないんだよ。車じゃないと。で、親子面接とかあるって言ってた」

「だからってそれがどう美生に関係する? 花端もたいがいだけど、今の美生も同じかそれ以上だよ。
 突然阿南まで来て、子供の中学受験がどうした!? 頭冷やした方がいいよ」

 そんな遠いところまで受験しに行ったんなら、寮生活になって、4月からは、1人になるとか……。

 自分でも自分中心の仮設だということが分かっているから、言えない。

 ぐっと色々堪えて、

「花端副店長に、あなたはその子供の面倒をみる覚悟はあるのって聞かれたから、ありますって答えた」

「何を話してるんだよ……」

 航平は、きつく宙を睨んで、目を閉じる。

「だって私は本当に…………」

 好きで……。

「好きで……」

 何を話してるんだよって、大事な将来のことだよ。

「だって、航平君にだって分かるでしょ!? お姉ちゃんのこと、めちゃくちゃ好きだったじゃん、あれと同じだよ!!」

 見つめてその声をぶつけた。

「……」

 微動だにしない。

「というか、今も同じように好きだから、忘れられないんでしょ? だから、他の人にはいけないって事なんでしょ? 私も同じなんだって!」

 突然航平は、無表情になる。

 自分の事を言われ、恥かしくなったのかと思ったが、しばらく無言で身動きしないので、言い過ぎたのかなと少し反省した。

「「あの……」」

 言葉がかぶる。だけど、航平は遠慮せずに先に話始めた。

「僕はまだ美鈴のことを好きだとか、そういう風には思っていない」

「………」

 地雷を踏んだのかもしれない、即美生は察した。

「むしろ、憎いと感じることもある」

 それは、普通だと思う。

「それに、自分があの時どうして満足させられなかったんだろうと、後悔することもある」

 そんなもの、いらないのに……。

「一生懸命愛しても、伝わらないって、自分が諦めないといけないことが、あると……僕はあの時学んだ」

「でも、そうかもしれないけど……」

 私はきっと、違う!!

「多分きっと、僕が思うに、一生に愛せる人っていうのは限られていて、それに間違いとかそういうことはないとは思う」

 ……話が難しくなってきそうなので、真剣にその姿を見る。

「だから、僕は美鈴と結婚の約束をして、彼女が喜んでくれたことを後悔してはいない。
 その後、段々彼女の気持ちが離れるようになっていったことに気付かずに、1人舞い上がっていってたことも、後悔はするけど、あの時は仕方なかったと思う」

 そりゃ、そうだと思う。だって、お姉ちゃんも最初は嬉しそうに結婚指輪見せてくれた。けど、あの後突然結婚しないって言いだして、みんなで大反対した。

「だけど、僕はそれ以来誰かを……」

 言葉が途切れたので。

「やっぱりお姉ちゃんが忘れられなくて…他の人にいけないの?」

「身体がね……」

 咄嗟には分からず、しばらく考える。航平もそれを待っていたが、待っても仕方ないと感じ、

「他の人を抱けなくなった。頭ではいいなと思う。心では好きだなと思ってるのに。どうしても身体がいうことをきかない。
 病院にも何軒も通った。でも答えはいつも、精神的なこと」

「……………………」

 色々巡ってから、それで沙衣吏を…と最終的に思ったが、口からは何も出ない。

「僕は本当に美生のことは、家族のように思ってるから。1つの恋愛で一生が変わってしまうようなことにはなってほしくない」

「………」

 それで……。

「どこまでまともな話なのか知らないけど、関は関なりに、自分の人生を生きて行こうと決めている。そこにできれば関与しない方がいい。それは、好きという気持ちで、どうにかなるような苦労ではない」

 そうかもしれない、そうかもしれないけど!

「………でも、お姉ちゃんのことを好きだったんだから、私がめちゃくちゃ関店長のことを好きってことも分かるでしょ!?」

「分かるから、いつも反対してる。
 それに、美生1人じゃ、関が相手にしなかったということも分かってる。僕があの日、関を誘ったばっかりに、と思っている」

「……それは……そんなことなかったかもしれないよ?」

 精一杯強がってみるが、

「東都シティの店長でありながら、1従業員とどうにかなろうなんてヤツはいないよ。そんな中途半端で店が回るはずがない。
 店長が考えているのは、数字のこと。そのための従業員とのコミュニケーション。だから、恋愛になんか発展していくはずがない。
 最近関がよく話しかけてくれるようになった、というのは、おそらく、美生がそれなりに仕事ができるようになってきたからコミュニケーションをはかっておく必要があると感じているんだろう。
 それだけだよ。業務上の必要な会話以外の何者でもない」

「………」

「話してくるといったって雑談だろ? 食事に誘われたりした?」

「………でも、他の人が、仕事ほっといて私と休憩合わせてるとか言ってた」

「どうせバイトが言ってるんだろ。仕事を知らないヤツがそう言うんだ。今そのタイミングで休憩に入るのがベストというのは、仕事ができる奴なら分かる」

「………」

「だが、それを美生がその気になると、関に迷惑をかける。悪い噂が本社に飛ぶと、異動だよ」

「……でも、社内恋愛がダメなわけじゃないし!」

「店の部下に手を出すなんて、非常識だよ。そういう中途半端な気持ちでいると会社に迷惑がかかる」

「…………」

「美生、2週間後に内示を出すよ。
 4月からは阿南に異動だ」

「………」

 目を真ん丸にしたが、目の前には、冷たく見下す航平しかいない。
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