隠れクール上司~その素顔は君には見せはしない~1
1つ1つが分からない。
あれから、ひと月の間考えた。
その間、沙衣吏と航平のことを話す機会もなかったせいか、1人、関を目で追う日々が続いた。
そうすると、色々見えてくることがある。
まずシフトは、9月までは何度か土日に休みが入っていたのにも関わらず、10月からは一切土日の休みを入れていない。
通常、サービス業で土日の休みはないものだが、過去のシフトを見てみても土日は早上がりが多いし、振り返ってみても、基本的に平日でも休みの日は絶対に出社しない。
飲み会にも絶対に参加しない。
それは単に仕事で飲むのが嫌いとか、仕事が終業時間内にできるからサービス残業はしないというのもあるのかもしれないが、どうも子供が家にいる、という図が明確に成り立って仕方なかった。
11月の作りかけのシフトもちらと見えたが、こちらも土日は全て出社になっており、ひょっとして近日中に子供がその叔母と出て行くのではないか、という予想も同時に成立した。
だとしたら、今の自分にも希望が見えてくる。
そう考えながら、スタッフルームで10月のシフトを1人睨んでいた。
そろそろ11月のシフトが出るだろうし、もし、確実に土日が出社だったらある程度イケるようになるのかもしれない。
「美生」
久しく沙衣吏に呼びかけられた。
「あぁ、なんか話すの久しぶりですね」
巨大な店舗になると、同時刻に出社していても気付かなかったりするし、話をする機会がないこと
が多い。
そういえば最近メールも何もしていなかった。
「うん。ちょっと、色々あってね」
表情に若干の陰りを見せたが、
「でも、なんとか大丈夫そう」
とりあえずは笑っている。
「…………あ、食事でも行きます? 今日とか。あ、私は早上がりだけど、沙衣吏さんは?」
「今、私も誘おうと思ってたとこ。5時上がりなの」
言いながら、笑ってくれる。今日のピアスは小さなパールだ。
「あ、早い。私も6時だし。じゃあどこ行きます?」
「この前行きそびれた居酒屋は?」
「あそこでいいです? 沙衣吏さん家から遠いんじゃ…」
「いいよ。車置いてタクシーで帰るから。だから、店から居酒屋まで乗せてってくれる? 私、残業しながら待ってるから」
「OK。分かりました」
美生は小さく指で丸を作って返事をし、再びお互い仕事に戻っていく。
何を言いだすんだろう……。考えても、航平君のことしか思い浮かばない。色々考えて、やっぱり航平君がいいという話しか予想できない。
でも、航平君の事はもう絶対にダメだって言ってたし……。
ダメ……。なんでダメなんだろう……この前はその辺りには直接触れなかったけど、やっぱりまだ、お姉ちゃんが忘れられないんだろうか……。
でも、もうお姉ちゃんも結婚してるし、バツイチの旦那さんの連れ子を自分の子供のように思ってるし……。
航平君は……お姉ちゃんとはあれから会ってないだろうから、10年は音信不通のはずなんだけど、ひょっとしてどこかで会ってたりするのかな……いや、それはないか……、いや、お姉ちゃんのことだから、ひょっとしてこっそり会って航平君をキープしてたり……いやまさか。
「!!!」
誰もいないはずの店長室の前で急ブレーキをかける。
「…………」
今日関は休みのはずだ。
だけど今、なんと私服で仕事をしに来ている。
「お……お疲れ様です……」
これは、確実に子供と叔母が家からいなくなる方向で固まっている!
美生は確信を持って、用もない店長室に入り込んだ。
「………」
関は返事もしない。
声が小さくて聞こえなかったのかもしれないし、集中しているのかもしれない。
それにしても、私服は初めて見た。
細身のジーンズに、白の五分丈のポロシャツという簡単でシンプルなものだが、めちゃくちゃ似合っている!!!
でも、いつからいたんだろう。ひょっとしたら他部門ではもう噂になって、見にきている人もいるかもしれない。
急ぎの用でもない資料に目を通すふりをして、じっと関を観察する。
画面には数字の羅列。他店の商品の在庫の動きを見ている。
手はマウスの上にあるが、全く動かないので、色々考えているんだろう。
そういえば、先日の緑の冷蔵庫が売れたという話を聞いた。
さすが…。
「…、関 美生か」
突然フルネームで呼ばれて驚いた。
まだ画面を見ている関は、一旦画面を閉じて他の資料を出し直している。
今日本社から発信されたばかりのオンライン注文での商品梱包についての注意事項という、比較的どうでも良い資料だ。
「酒は結構好きなの?」
突然目を合せて微笑んでくる。あの日のことを掘り下げられているという現状、そしてその笑顔に、夢ではないのかと固まるしかない。
「えっ、えっと、酒は、嫌いじゃありません」
うわ、酒とか言ってしまった……お酒って言うべきだった……。
「航平さんには随分上から目線だったねえ」
にこやかに笑っている。
「えっいや、でも、いつもはああじゃないです!」
「でも言われて嫌な顔はしてなかったから、いつもああでも大丈夫なんじゃない?」
そんな馬鹿な。
「い、いえ。さすがにあの後謝りました」
「そう。で、あのバーで言ってた話が気になってね」
うわー、絶対この店であぐらをかいてちゃいけないって話だ。
「はい………」
「関が今まで応援に行った店を調べたんだけど、どの店が一番良かった?」
沙衣吏から話聞いてて良かった……。
「えっと……」
かといって、思い出せるわけではない。
「あ、あの、ノート見て来ていいですか? 応援に行った時のことはまとめてあるんで!」
「そう! すごいじゃない。いいよ。取ってきな」
「あ、はい!!」
超高速で更衣室に走り、ノートを手に取ると、すぐに店長室に戻る。すると、ドアが閉められていた。面談として、扱ってくれるんだと心底嬉しくなる。
「あ、失礼します」
もちろん、関しかいない。
「見せて……うわー、綺麗に書かれてるね」
まさか、関に見せるように書いたわけではないかったが、それなりにまとめていたので、見せられる状態にはなっている。
「ふーん……」
そのまま1人でノートを手に取り、しばらく眺めてくれる。
美生は真正面に腰かけると、手持無沙汰なのをいいことに、その顔をずっと眺めていた。
私服で2人きりでこの状況、この上ない幸せ!!!
「うん、よくできてる。これなら僕が調べる必要なかったね」
「え、いえ……」
「はあはあ、この2店ね……。
いや、バーで聞いた時はどこの店か知らないって言うから。でも気になってて」
「あ、いや、あれは!!」
「酔ってただけだね。にしても、随分酔ってたんだね」
関はノートを閉じると、穏やかに笑った。
「あ、あの、今更になってすみません!! ホテルまで運んで頂いてありがとうございました!!」
「重かったよ」
笑ってくれているが、まさかそういう返しで来ようとは。
「ほんっと、すみません!!」
思い切り頭を下げた。
あー、やっぱ5キロ痩せてたら…
「いやいや、冗談。関で良かったよ。航平さんは運べないから」
笑うに笑えないが、関は1人笑顔だ。
「関は中津川と仲いいんだね」
「え、まあ……」
色々きっかけがありまして。
「……関店長は、こうへい……湊部長とは長いんですか?」
関はいつから航平の下でいたんだろう。
「航平部長とは、入社してすぐからだから、14年かな」
「えっ、そんな長いんですか!?」
「うん。僕は入社してからずっと営業だったから。僕が入った時から航平さんもずっと営業だし。関も航平さんとは長いみたいだね」
「あ、でも私は10年くらい前はまあ、よく会ってましたけど。間が空いて……。
ここに入社してからまた交流するようになって、って感じです。本当になんか、良く仕事のことを教えてくれて……」
「うん。航平さん、優しい人だしね」
「はい」
いや、関店長の方がずっと優しいです……。
「時々笑顔で誤魔化すけど」
「そうです! というか嘘を言います」
関も、あの時の「また行こう」が嘘だと見破っているはずだ。
「あれは嘘じゃないのかもしれないけど…」
「うーん、嘘だと思います。社交辞令って言ったら聞えがいいですけど。
だって私…この前バーでまた行こうって言ったの、ある程度本気でとらえてたのに、あの後あれきりだからねって念を押されましたから」
「はは。なるほど」
関は楽しそうに話を聞いてくれている。今は何もせず、ただ椅子に背を大きくもたせた。
「私は…結構、行ってもいいなって思ってたのに」
「2人なら行ってくれるんじゃない?」
「まあ……でも、4人で行ったのが私は楽しかったと思うんです」
だいぶ積極的にいったが、
「……まあでも、航平さんがもう行かないって言うんだから、仕方ないねえ」
普通にスル―される。
「…………。あの」
美生は、じっと関を見つめる。
「何?」
大丈夫かな、と思ったが思い切ってそのまま言ってみる。
「あの……、航平君に彼女がいると思いますか?」
なかなか良い話題のはずだ。だが、関の表情はそれほどではない。
「さあ……そういう話、しないから。関が聞いても教えてくれないの?」
「いや…まあ、私もあんまり興味はないんで今まで聞いたことはないですが」
関は素で笑う。
「なのにどうして?」
「いやあ……。中津川さんとかいい感じなのになって」
かなり押してみる。
「さあねえ……」
関は明らかにその話題は避けたいと言わんばかりに、椅子をころがし、パソコンの前に再び腰かけた。
言うんじゃなかったという後悔の念しか生まれない。
「……」
関は黙ってそのまま作業を再開し始めた。
なんだろう、それは、どういうサインなんだろう。
その後ろ姿からは何も分からない。
1つ1つが分からない。
今日どうしてここに来たのか、それすらも。
「関店長」
「はい?」
呼べば振り向いてくれるかもしれない、と思ったのは間違いだった。
彼はまた、画面にくぎ付けになっている。
「、何?」
と思ったら、振り向いてくれたが。
「え、あ……。その」
「あ、そのノート、続けて書くといいよ」
「あ…ありがとうございます」
そして、そのまま元に戻ってしまう。