花と傘とバス停と
冬の町

1話「綺麗な花には棘しかない」

雨は嫌いだ。

いつ降るかも曖昧で、気分屋だ。

ましてや雨具なども常に持ち歩いている訳では無い。

しかし誰がなんと文句を言おうと、雨は降る。

今日もまた、雨が降った。

俺は濡れたズボンのまま、バス停の横のベンチに腰をどすんと落とした。





「はぁ~、マジで失敗した。なんでこの学校にしたかな」

教室の廊下はコンクリートが冷えて、外より少しばかり寒い。有馬廉(ありまれん)は割り振られた掃除場所で、激しく左右に箒(ほうき)を振っていた。
片付かるどころか、細かい粒子のような埃(ほこり)が宙を舞っている。その埃を吸い込み、盛大にむせてしまった。

「廉の学力が足りなかったからでしょ~?」

教室のドアから長身の男がひょっこり顔を見せ、わざわざ廉に言ってくる。

「うるせぇ。しょうがねぇだろ! 地元進学校しかねぇんだよ!」

この高校は廉の家から片道一時間はざらにかかる。田舎で、バスは一時間に二本程度。もちろん電車も一時間に五本程度である。
成績が一般より足りていなかった廉は、偏差値の低い東洋(とうよう)高校に入った。家から電車に乗り、電車からバスに移る。この行為は、体力よりも精神力が削られるのだ。一年半以上続けていると慣れるものなのだろうが、いい加減同じ景色に飽き飽きだ。

「お前はいいよな……地元校だから」
「まぁねぇ。でもその代わり、電車とか使わないから、遅刻とか言い訳難しいんだよ~?」

眉を下げ、口元は僅かに綻(ほころ)ばせた。
背が高く、がっしりとした身体に似つかず、この檜山輝希(ひやまこうき)は少し天然でドジだ。しょっちゅう朝に事件を起こして登校してくる。

「今日なんてね、寒いからマフラーしてこうって思って、ぐるぐる首に巻いて出ようとしたんだよ。そうしたら、それマフラーじゃなくてバスタオルでさ。学校着く目の前で気づいて引き返しちゃったんだよねぇ」

訂正する。かなり天然でドジだ。

「ねー? みーくんも見てたよね?」

輝希は、廉の背後に話しかける。不思議に思い振り返ってみると、小さな子犬のような男の子がただそこに立っていた。

「おわぁあああっ!! びびったぁ! いきなり背後に来るなよ!」

あまりの存在感のなさに、廉は恥ずかしいくらいオーバーな反応をとった。

「さ、最初からいましたよ……」

その最初がどこからなのか見当もつかないが、問いただすことすらも面倒に思えた。
少し握れば折れてしまいそうなくらい細い腕や脚。まるで女の子のような容姿と、純粋無垢で健気な雰囲気。まさしく、癒し系男子と呼ばれるに相応しい、みーくんこと村岡三澄(むらおかみずみ)。

「廉くん、こーちゃん。もう掃除終わってますよ。帰りましょ?」
「わー、もうこんな時間かぁ。じゃあ、廉、みーくん。帰ろっか!」
「こーちゃん……みーくん……」

彼らとはもう一緒にいて一年になるが、このあだ名呼びはどうも定着しない。輝希と三澄は小学校からの幼なじみで家も近く、家族のように仲がいい。だが途中加入した俺からすれば、まだそのコミニュケーションに慣れていないのだ。

「何? 廉もあだ名つけて欲しいの?」
「あっ、じゃあ、レンレンとかどうですかっ?」

絶対ふざけている。ふざけているのに、本人は悪気も煽りも一切ないからまた憎めない。
普段は口の悪い俺だが、二人の天然パワーに押され「いや、廉でお願いします」と敬語で返した。
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