大天使に聖なる口づけを
プロローグ
――その日がとてもいい天気だったことは、よく覚えている。

抜けるような青空の下、坂の上の我が家を目指して、エミリアは懸命に駆ける。
石畳の道沿いにずらっと並んだ家々の壁に、パタパタパタと軽やかな足音がこだました。

新しく買ってもらった皮製の靴は、実を言うとエミリアにはまだ大き過ぎた。
でもそんなことは気にもならない。
背中に羽根が生えたかのように体が軽い。
飛ぶように駆ける小さな体を追いかけて、背中まである栗色の巻き毛も、ふわふわと風に靡く。

(お母さん、喜ぶかな?)
走りながら、右手に大切に持っていた紙の筒を、ぎゅっともう一度握り直した。

赤い切り妻屋根が坂の頂上に見えて来たなら、そこからさらに加速する。
白い木柵を飛び越え、緑の芝生を駆け抜け、石階段を上がって、金色の鐘がついた大きな扉を勢いよく引き開けた。

「ただいまあー」
カランカランという鐘の音と共に、開いた扉の向こうはうす暗かった。

――今日はエミリアの七歳の誕生日。

『エミリアの好きなもの、いーっぱい作って待ってるからね』
今朝、満面の笑顔で学校へと送り出してくれた母は、まだ買いものから帰ってきていないのだろうか。

「お母さーん?」
大きな声で呼んでみても、家の中で誰かが動きだすような気配もない。
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