大天使に聖なる口づけを
音もなく滑り開いた両手開きの立派な扉を抜けて、フェルナンド王子が部屋に入ってきた。
うしろにはランドルフとアウレディオも従っていたが、頭を下げたままのエミリアとフィオナにはもちろん見えるはずもない。

「ここの掃除はもういいから、少しの間人払いをしておいてくれないか? ああ、エミリアとフィオナだけは残って」

フェルナンド王子のものと思われる声が頭上で響き、侍女たちの胸中に目には見えない戦慄が走った気配を感じたが、あまりに恐ろしすぎて、エミリアはそっちを見る勇気はなかった。

静々と出ていく侍女たちがみんないなくなってから、エミリアはふうっと本当に大きな大きなため息を吐いた。

「はははっ! ずいぶん気を遣っていたようだね」
エミリアの極度の緊張も明るく笑い飛ばしてしまう王子は、心の中では様々なことを画策しているようでもあるが、どこか憎めない。

どうぞと勧められるままに、さっきまでは手を触れることさえできなかった革張りの大きな椅子に腰かけ、エミリアはホッと一息ついた。

「すまない。いろいろと手続きに手間取ってしまったが、ようやく君たちを式典に同行させる許可が下りた」
「そうですか」

王子が語っているのは、感謝祭の初日で思わぬアクシデントのために延期になっていた、王室の方々の露台での挨拶のことだった。
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