大天使に聖なる口づけを
「あ。こっち見た」
フィオナの声に、今度は体が飛び上がる。

「何してるの?」
淡々と尋ねられても、何と言っていいのかわからない。
ただ今は、ランドルフの顔をまともに見れそうにはない。

「あっちは変に思うわよ?」
フィオナの言うことは、いちいちもっともだった。

「だって……なんだか顔を会わせづらい……」
情けなく弱音を吐くエミリアの耳に、フィオナの驚くべき呟きが届く。

「あら、あっちも意識しすぎ……耳まで真っ赤……」
「えっ?」
エミリアは反射的にフィオナの陰から顔を出した。

しかし、さっきまでランドルフらしき人物が佇んでいた城壁のあたりには、もうすでに人影はない。

「……フィオナ?」
嫌疑の目を向けたエミリアに、フィオナが静かな眼差しを注いだ。
いつものように神秘的な、口以上にものを言う大きな黒い瞳。

「そんなに気になるんだったら、余計なことは気にしないほうがいいわ。エミリア……昨日のほうがずっといいオーラの色だった。憧れの人とせっかく知りあいになれたんだから、お母さんの仕事はあとまわしにしてでも、まずはいい思い出を作ったほうがいい。……ちがう?」

命令口調の言葉とは裏腹に、フィオナの表情はとても穏やかだった。
本当にエミリアを気遣う気持ちに溢れていた。

「フィオナ! フィオナはやっぱり私の親友よ!」
エミリアは自分より華奢なフィオナの体に思いきり飛びついた。

柔らかな風が、青空の下で綻ぶ二人の頬を、優しく撫でていった。
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