あの夏に見たあの町で
黒塗りの高級車の助手席のドアを開け私に座るよう促す
私が乗り込むとドアを優しく閉め、私の鞄を後部座席へ放り込み自らが運転席に乗り込んだ
エンジンをかけ運転席の窓を開ける
運転席の外側には背の高い男性
「悠貴、あとは頼んだ」
シートベルトを引っ張りながら言う
悠貴と呼ばれた背の高い男性は「かしこまりました。お気を付けて行ってらっしゃいませ」と頭を下げる
「出すぞ」と言われ、慌ててシートベルトを締めると同時に車が走り出した
会社の最寄りのインターチェンジを抜けて、まだ通勤ラッシュで混雑している高速道路を走る
2時間ほど走り、車窓から見える景色は山やトンネルに変わっている
私も実家に帰る時に使う、よく知っている道路
とは言え、車を出してからずっと無音
会話もなしで、睡魔にもそろそろ負けそうだ
この高速道路はトンネルが多くて、運転していても本当に辛い
「あの...専務、ちょっと休憩しませんか?」
大きなサービスエリアまであと1キロという所で車に乗って初めて口を開く
「ああ、そうだな」
チラリと一瞬だけこちらを見て微笑んだ専務
その表情ももう新とは違うものに見えるようになった