あの夏に見たあの町で




挨拶も大方終わり、残すはSKBツーリストの榊原社長のみ



榊原社長は窓際にいて、俺が挨拶で来賓を回っている間もずっとうちの社員と話していた



その傍らに立つご令嬢はチラチラと俺を見ていた




「なぁ、あれも挨拶しなきゃダメ?」



チラリと目線だけ送り悠貴に問う



「お気持ちはお察し致しますが、一応来賓ですので」




爽やかな笑顔を貼り付けて、人前だから畏まった言い方をしたけれど、『一応』と毒も忘れない




はぁと息を吐いて、窓際に足を向ける






「榊原社長」




俺の声に振り返り、「朔くん、専務就任おめでとう」とお祝いに「ありがとうございます」と返す



さっさと退散しようと思っていたのに、樹に子どもが生まれただのそれが可愛いだの子どもはいいぞだのと延々と語る




やっとの思いで、話の切れ目に「では、僕はこれで、どうぞごゆっくり」と切り出し踵を返す




「あのっ!」




歩き出そうとしたところをご令嬢に呼び止められた



もう一度振り返り、営業スマイルを貼り付けて「どうかなさいましたか?」と首を傾げる




「明日、お時間いただけないでしょうか」




明日とはまた唐突な…




両手を体の前でモジモジと遊ばせ、頬を赤く染めて言う...そういう姿を好きな男も多くいるだろう







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