God bless you!~第10話「夏休みと、その失恋」

「右川って、どうしてる?」

最後の大会に向けて、3年も8月半ばまでは部活にいそしむ。
もちろん、勝ち進めばその先はある。
しかしバレー部は、そこまではいかないだろうというのが大方の予想だ。
ドでかい春の大会を見送って、夏の地方大会に集中。
それを、いつも予選2回戦ぐらいまでは何とか進む。それから先はクジ運。
強豪と当たらなければ予選の準々決勝までは、何とか。
毎年毎年、優勝候補にのぼる学校というのは、事実ある。マジで凄い。
よく考えたら、うちのバスケ部は毎年、県大会準決勝までは進むので、そこだけ見ると今年も大丈夫といわれる永田もまんざら捨てたもんじゃない。
その永田がやって来た。
「へいへいへい!」と無意味な挑発で、卓球部あたりを威嚇。
今日は何を狙っているのか、体操部の群れにワザとボールを投げ込んで、「ナイスシュート!神~」と自分で自分を褒め上げる。暑苦さに拍車が掛かる。
永田の後を、微かな自信を湛えて、他の部員が静かにそれに続く。
女子も続いて入った。
女子バスケは毎年、そこそこは行く。男子は実力もあり期待もかかり、県大会に向かって鼻息が荒い。
見ていると、座って休憩をとっていたバスケ部員が、雷にでも打たれたかのように急に立ち上がった。後から背の高い男が2,3人入ってくる。
永田が1番に反応して真っ先に駆け寄ると、ぺこぺことお辞儀を繰り返した。
OBだ。
夏休みはこういうことがあるから気が抜けない。
バスケは特にOBがたくさん来る。毎日、日替わりで来るといってもよい。
最近、永田さんも来た。知っている人が来るとそれはそれで嬉しいが、知っていたのはそれぐらいで、バスケは男女ともに、それこそ顔を覚えられない程にやってくるのだ。
今朝はその中に、見覚えのある人がいた。

右川淳一郎。

右川の兄貴。
バスケ部無敗の歴史。
それは5年ほど前より、右川の兄貴の活躍が発端となったと聞く。
もう1週間くらい前になる。俺は偶然出会うことになった訳だが……お酒も入って陽気な、見た目普通の人。激モテしていたと噂に聞いた事はあるけれど、そう言われれば女子の好きそうな顔立ちかな、とは思う。
女子バスケの後輩はその兄貴に群がり、同級生だったのか来ていた卒業生とは気安く肩を叩きあって再会を喜んでいる。
しかし……あの右川の兄貴。
風の噂では、歴代の生徒会を散々振り回した。
それはつまり、吹奏楽部との因縁の戦いの幕開けとも言える訳で。
女子にモテるとか、バスケが強いとか、それだけに収まらない何かがある。
不意に目があった。
いつかの右川家。その時あちらは酔っ払っていたし、父親は誰だか知らないが俺の事を〝ヒロちゃん〟と呼んでいた。俺をちゃんと覚えているのかどうかは疑わしい。
その時だ。
兄貴の方から、「おう!」と手を上げて声をかけられたので、こちらも恭しく会釈した。
兄貴の顔を見ると、いやでもあの日の事を思い出す。
右川とは、拒絶の果て……今は何の音沙汰も伝わってこない断絶を迎えた。
夏休みがあって本当によかったと思う。顔を合わさずに済むし。
しかし、夏休みはあっという間。学校が始まって、クラスでも生徒会でも顔を合わせるのは必至だ。自分の気持ちが収まるほどの時間があるのかどうか。
右川と普通に話せる日がくるかどうか。今はまったく分からなかった。
桂木とも、あれっきり。
今も、遠目で距離を窺いつつ、みんなの手前普通を装う。
見ていると、OBの周りに部員が群がって、何やら盛り上がっていた。
永田は、終始ぺこぺこして。今頃、そいつが右川の兄貴と知って、さぞ驚いている事だろう。もう二度と〝クソチビ〟とイジったりできない筈だ。
桂木は、何ら変わりない。いつもの明るさを取り戻して……俺がこうやっていつまでも気にしているのも、良くないかもしれない。
さて、バレー部だが。
まずネットを張る。1年生が。
「この支柱担いでグラウンド10周~!こうやって鍛えたら、オリンピックに出れんじゃね?」
体つきもあどけない1年生が無邪気に嘘吹けば、
「バーベル競技で優勝狙うか」「ていうか、どうみてもライザップでダイエットだろ。おまえは」「せめて、ゴールドジムでゴリゴリって言ってくれ」
1年生が次々と応える以外、他は誰も無口だった。
2年も3年も、無駄口叩くな、と注意する余裕すら蒸発していく。
それほど暑かった。
サポーターを付ける。それだけで汗が流れる。
相棒のアクエリアスを、俺は一気に煽った。
黒川を見ると、いつもと同じくシラけて、ボールを無意味に転がす。壁打ちで気を紛らわせる。スマホを取り出して、女子を撮影。いつも以上の暑さに、まったりしている。
こっちのOBがいつ来てもいいように、これはこれで目を光らせないと。
1か月の、なんちゃって彼氏が終了。
もう何に気を奪われる事も無いはずだ。
腑抜けた奴を見ていると(種類は違えど)俺も似たような物と思い始める。
俺は、振られた。
右川カズミに、振られた。
痛くとも事実だ。
俺は、右川に振られた……。
徹底的に独りになった今、この夏は、いつにもまして勉強にもバレーにも集中できると思えばいい。
午後過ぎまでは部活に勤しみ、午後から夜に掛けて、塾で頭を働かせる。
大会が予定通り(?)早々に終われば、勉強はそこからが本番だ。
夏季講習を中心に、心も体も切り替えて。
新しい目標が、頭の大部分を支配しているんだから。
そういう夏だと、俺は心に決めた。
〝新しい事で頭を一杯にした方が、良い事もあると思うから〟
いつか誰かにも言ったな。エラそうに。
夏休みはあと1ヶ月強。卒業までは、9ヶ月。どちらも長いようで、短い。
今日はノリが出ていたので、気持ち的に、穏やかで居られた。
体育館での練習時間を終えて、外の水場で休憩。
「大学、どうだった?」
「スタバが出来てた」
「いやいや、そういう事じゃなくて」
苦笑いが止まらない。
「学生会館が新しくなってて。あと、今回は女の子が多くてさ」
仲良くなって、お菓子もらって、終始旅行気分だったと言う。ノリ的には色々な意味で(?)手応えを感じたらしい。(それ彼女には言わない方が良い。)
「後は頑張るだけだよ。ていうか……」と、急に言い淀んだと思ったら、
「こんな事、洋士に愚痴るのも今さらだけど、生徒会とかやっておけばよかったなって」
そこまで内申を重要視する大学なのかと考えた。
思えば、桂木もそこを狙って執行部に入った訳で。
「先輩と話す機会があったんだけど、僕あんまり盛り上がらなくて。隣の女の子が生徒会やってたとかで、そういう心象アピールが凄くてさ。ちょっと羨ましかったよ」
「逆に上昇志向アピールが強すぎて引く、って事もあるんじゃないか」
気休め。とりあえず慰めた。
俺は議長ですが。
これは先方にどういうアピールを与えるだろう。(多分、引く。)
唐突に、黒川がスリ寄ってきたと思ったら、俺のアクエリアスを奪って、ガブ飲みした。
「地味に暑ちぃ。アイス食いてー。もう帰ろうぜ」
今からはバスケ部が体育館を占領する。
だからバレー部は外での筋トレ、あるいは外コートで試合マッチが待っている。確かに、この暑さだ。地味に愚痴りたくもなるだろう。
黒川は、アクエリアスを戻すついでを装って、
「あのさ、右川って、どうしてる?」
何故俺に訊く?
俺の反応を窺って、楽しもうとしているように見えるのは気のせいか。
「元カレのおまえ以上に、俺が知るわけ無いだろ」
「つーか、バイトだってのは知ってんだけどさ」
「バイト?」
それを知ってて、というか言いたくて言いたくて、それでワザと俺に聞くあたり、黒川のタチの悪さを露呈している。
だが、バイトとは……何をしてもいいが、そんな答えは予想していなかった。
「あー、ガソリンスタンドだろ?あそこの交差点の」と、工藤が。
「土日に、書店にいるって聞いたよ」と、ノリが。
「は?マックだし」と、満を辞して、黒川が。
めくるめく右川の会だった。どれをとってもバイト祭り。
とうとう受験は諦めたのか。
俺とあんな事になってしまって、周囲に受験を焚き付ける輩も居なくて。
わずかに、自責の念が湧く。
右川は、やる気になっていた筈だ。
追試も減ったし、進路指導室にも自分から足を運んでいた。
先生が用意してくれた大学案内も、大人しく受け取っていたし。
俺は、右川の親父を巻き込む作戦に失敗。
振られてしまった事で、途中で降りた形になった。
まるであの時の、選挙と同じく。
確か選挙の時は、永田先輩に後援を頼もうと策をめぐらせた。
では今回は……今もあそこで鮮やかなレイアップシュートを決めている、右川の兄貴とか。
俺は1度、目を閉じる。
頭を振る。
目を覚ませ。
俺はまた同じ事を繰り返そうとしている。
こうなってまで、あいつをどうにかするんだと手段を求め、探し回るとは……その思いの深さに驚くのは、こんな時だ。
もう、そろそろ止めにしないと俺自身がもたない。
そこで頭から水を被った。
午後の練習を終えて、塾を理由に、俺は早々に学校を飛び出した。
塾の夏期講習1日目。
なに気に、緊張感がみなぎる。
余計な事を考えているヒマなどない。
< 20 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop