春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(………心配、)」
お母さんもお父さんも心配はしていると思う。でも、姉が都合のいいように伝えていたら、私の話よりもそっちを信じてしまう。
そもそも、私の声は両親に聞こえていないのだ。いつも紙とペンで会話をしている。どんなに唇を動かしても、りとのように読み取ってはくれない。
私は紫さんに頭を下げて、洗面所へと向かった。私の家よりも遥かに広くて綺麗な廊下を抜け、ガラス張りのドアをそっと開ける。
ここも白い空間だ。鏡だけが銀色を放っている、白い空間。思い返せば、この家は…りとの家はどこもかしこも真っ白だった。
ふう、と吐息をつき、水道の蛇口を捻った。冷たい水を顔に浴びせれば、何もかもがハッキリとしていく。
そうだ、私は昨日、家を飛び出したのだ。
自暴自棄になってホテルへと連れて行かれそうになったところを、りとに助けてもらった。それからここに連れてこられ、りとに怒られて…一晩泊めてもらった。