春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
姉の胸倉から、りとの手が離れた。

やってはいけないことをしてしまった子供のような顔をしているりとへと、紫さんの冷たい眼差しが降り注ぐ。

姉を庇うように間に割って入った紫さんは、りとと目線を合わせるように少しだけ身を屈めた。

それは、よく目にしていた光景と酷く似ていた。

りとよりも頭一つ分背が高い紫さんは、りとが怒ったり不貞腐れたりすると、そうやって目線を合わせて宥めていたのだ。

今この瞬間が、泣きたくなるくらい“いつもの紫さん”と同じで。
目の奥で堪えていたものが、じわりと溢れてきた。


「璃叶。あなたは、十四年前の抗争に巻き込まれて死んでしまった、哀れな女性の子供」


おはよう、行ってらっしゃい、おかえりなさい。

そう言っていた紫さんの…いつも通りの紫さんの声だ。

その微笑みも、りとの頭を撫でる手つきも、何もかもが同じなのに。


「僕の気まぐれで拾われ、育てられたのですよ」


放たれた声が紡いだ言葉は、残酷なものだった。
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