春を待つ君に、優しい嘘を贈る。

長い、長い夢をみていたような気がする。

夕暮れ時の屋上で、二人の男女が言葉を交わしていた。何の話をしていたかは憶えていないけれど、二人とも笑っていたから、悪い夢ではないのだと思う。


(…痛い)


起き上がろうと試みたが、体の節々が痛くて出来なかった。

一体何が起きて、私は今病院に居るのだろう?

私は諏訪くんとりと、聡美と一緒に事故現場に行ったはずだ。何も思い出せそうにないから息抜きに行こう、と話した時に姉が現れて、紫さんが…。


「っ…!」


その続きを思い出そうとした瞬間、たくさんの感情が映像を連れて、私の脳内で豪雨のように降り注ぎ始めた。


高校生になった私は、退屈な世界の端でお気に入りの場所を見つけた。

いつの間にか、知らない男の子がその場所に入り浸っていて。

彼の名前は、維月。

黒一色の姿をしているくせに、中身はその反対。

雪原のようにどこまでもまっさらで、優しくて。

放っておいたら消えてしまいそうで。

琥珀色の瞳を細めて、綺麗に笑うひと。
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