春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「それは困ったね。…その人はどんな人なの?」


「…綺麗な人でした。でも、なんだか、寂しそうで」


維月は幻想的な景色を見つめたまま、静かな声で「そう」と呟いた。

ここは私が前に通っていた高校の屋上で、維月と出会った場所だ。

まだ本調子でない彼の体に負担をかけずに行ける場所でもあり、思い出どころか出会いの地である。

維月は何か思い出してくれるだろうか。


「また会えないかなって思った私は、明日もここに来ますねって言ったんです。彼が来ないことを分かっていたのに」


「…彼がそう言ったの?明日は来ません、と」


「いいえ」


維月は首を傾げた。

その反応を見て、本当に私のことを忘れているのだと再認識させられる。


「ある本が、彼が座っていたベンチの上に置いてあったから、そう思ったんです」


私は大きく息を吸い込んだ後、彼に向き直った。

正直、言おうか迷った。彼にとって、これは私に関する記憶の一部なのか、そうでないのか分からなかったから。それに、さっき病室で読んでいたし。
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