春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
どうするべきか迷っている私を見透かしたのか、維月の白い手が私の頬へと伸びる。


「続きが、聞きたい。話してくれる?」


刹那、息が止まった。

だって、維月なんだもん。

その仕草、手の温度、困ったような微笑み。全てがあの頃の維月だったから、息をするのを忘れて見入ってしまった。

私は鼓動が高鳴っていくのを感じながら、唇を開いた。


「――…“馬酔木が僕をなき者にする”。本のタイトルです」


アセビが僕をなき者にする、と維月は復唱した。そうして、何かを思い出したような声を上げると、驚いたような顔をする。


「…知っているんだ?」


「はい。その本は有名ですし、大抵の人が話の内容を知っていますよ」


「…そう」


維月はそう言うと、私から離れた。屋上を囲む手すりに腕を乗せると、そっと息を吐き出している。


“馬酔木が僕をなき者にする”。

それは維月が病室で読んでいた本であり、初めて会った時に持っていた本だ。
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