ヒロインの条件
「……わかんないです、だって何にも思い出せない。ヒントもくれないし」
そう言うと、佐伯さんは自分のメガネをくいっと上げて見せた。
「ヒント、これ」
「メガネ? 出会った時メガネをかけてたってこと?」
そう言うと、佐伯さんはふふふと笑う。「それは秘密にしとこうか」
私は油だらけの両手のまま、佐伯さんの顔を見た。「そもそも、私のどこがいいんですか? 山本さんみたいに可愛くて気がつく子なら、ずっと想ってもらえるのも理解できるんですけど」
佐伯さんはテントにいる山本さんを見た。「確かに彼女は素敵な子だと思うけど、ああいう子はこれまでたくさん見てきた。でも野中は、俺の中で唯一無二」
視線に気づいた山本さんが「塩見さーん、これ持ち帰るー?」と大きな声で呼びかけた。佐伯さんは私を見ると「いってくる」と言って、洗った缶をを抱えて水場を離れる。
その背中を見送りながら、私は初めて強く、佐伯さんのために思い出したいと思った。