ヒロインの条件
私の実家は、中央線の途中にある、まだまだのどかな風景の残る住宅街だ。大学を卒業するときまで実家のお世話になっていたから、最寄駅を降り立つと心底ホッとした気持ちになる。やはり東京のど真ん中に住むというのは、私の気質に合わないのかもしれない。
跳ねるような気持ちで改札を通り、道場まで軽く走った。一つに縛った長い髪が規則正しく揺れて、心臓が楽しげなリズムを刻む。体を動かすと幸せだ。
通っていた中学校にほど近い、コンクリートで作られた道場が見えてきた。師範のご自宅の敷地内に建てられた柔道場で、地域の子供達がたくさん通っている。
コンクリート塀を超えるように生い茂る緑の木々が、小学生のころ白い柔道着をきてお兄ちゃんと通ったことを思い出させた。
学校とはちょっと違う、でも大切なもう一つの私の世界だった。
千葉は道場の入り口で立って待っていた。こちらもやっぱり白いTシャツにデニムという軽装で、ポケットに手に入れて立っている。
「千葉〜」
私が手を多く降ると、千葉が八重歯を見せてニカっと笑った。
「おう」
千葉はちっちゃく笑顔を見えると「今、やってるみたいだ」と首で道場を示した。
中からは、ズバーンという体が叩きつけられる音と威勢のいい掛け声が聞こえる。
「のぞいてもいいと思う?」
私が言うと、千葉は「いいんじゃね?」と道場の鉄製の引き戸を開けた。