ヒロインの条件

うわっと中の音が解放されて、一気に小学生のころに戻ったような気がする。匂いも、空気も、温度も、全部変わらない。

「先生!」
私はうれしくって叫んだ。「おひさしぶりですっ!」

先生は声に気づいて、そのしわくちゃな顔をぱっと輝かせる。
「野中、千葉、しばらくぶりだなあ」

私たちは靴を脱いで、道場に上がった。

「練習中失礼します。ご無沙汰しています」
千葉が深く頭を下げたので、私も一緒に頭を下げた。

先生は「よく来たな」と喜んでくれて、私たちはほっとした。

「練習みてくか?」
「はい」

私たちは道場の隅に正座をして、子供達が練習に励む姿を懐かしい気持ちで眺めた。一年生から六年生までの子供達が、気合いの入った声を出している。前よりも少し生徒数は減ったかもしれない。

「懐かしいな」
そう言って千葉が目を細めているので、私も「うん」と頷いた。

「野中はずっと最強だったなあ」
「うん」
私はここで最強だったし、それはとても快感で楽しかった。千葉と私はいつも競っていて、ジュニアの大会にも二人で出たりしていた。

「なあ、なんで柔道やめた? 社会人でもいけたんじゃないか?」
「社会人かあ」

私は髪に手をくるんと巻きつけて、軽く引っ張る。それから「大学まで、私はすべてを柔道に捧げたけど、それでもやっぱり体力的に限界だって思う瞬間があって、もう方向転換して違うことを頑張ってもいいんじゃないかなあって……」

そう言いながら、うまくまとまってないな、と思う。でも体の中が、頭の奥が、もう終わりって告げた気がしたのだ。

「そっか」
千葉は息を吐くようにそう呟いて、「わかるかも」と同意してくれた。それから「でも野中は、違うことも全力でやるんだろー?」と笑う。

「もち」
私はぐいっと力こぶを見せた。
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