突然ですが、オオカミ御曹司と政略結婚いたします
「おじいちゃん……」

 早足でこちらへとやって来た祖父が、私の手からその紙を抜きとる。厳しく細められた目が左から右へと滑っていく様子を、固唾を飲んで見つめていた。

 着流し姿で白髪頭を品良くまとめた彼こそが、今や業界大手『ホテル・ハナオ』創設者の春尾忠雅(ただまさ)だ。

 きっと、彼が、今日という日を誰よりも待ち望んでいた。そう思うのは、幼いころから何度も祖父の親友で同志だという【立花さん】の話を聞かされていたからだ。

 いつか私たちが大きくなったら、その人の孫息子と私たちのどちらかが結婚して、両家をひとつにしたいと。

 そう嬉しそうに語っていた表情が幼いながらにもしっかりと頭に焼き付いていて、二十五歳になった今でも簡単に記憶の引き出しから取り出せた。

 まぁ、その相手は、私が七歳のころに姉に決められたんだけど。私より相手と年も近いからと説明された気がするが、それは私に気を遣った建前で、本当は、明るく社交的な性格で器量の良い姉の方が、立花の嫁として渡り歩いていけると判断されたんだと思う。

 当時の私は、子供ながらに姉よりも劣っていると烙印(らくいん)を押された気分だった。婚約者に選ばれたかったわけではない。むしろ、知らない相手との結婚なんてゴメンだ。

 お姉ちゃんはこの家に生まれた以上覚悟してるなんて言ってたけど、やっぱり……。

 両方の手のひらを強く握り締める。
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