異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「これでしっかり固定をして足を心臓より高い位置になるように箱の上に乗せておけば、腫れを早く引かせられるから」
とはいえ、彼の捻挫は三週間は安静にしなければならないレベルだ。休んでほしいところだけれど、彼らは敗戦国だと言っていた。できるだけ早く、この場所から逃げなくてはいけないのではないだろうか。
今は根本的な治療をするときではない。きっと最低限、痛みを和らげながら走れるだけの回復を促すことしかできないのだ。そう思うとここは、私のいた緩和ケアが主体になる終末期病棟に似ている。
「いや俺、ここで休んでる場合じゃないんだ。手当が終わったなら、王子のところに行ってやらないと」
台の上から足をどかそうとするアスナさんの腕を掴んで、私は「なにをしているんですか!」と叫ぶ。
「アスナさんに必要なのは安静です。戦場に戻りたい気持ちはわかりますが、その足で戻ってなにができるんです?」
「盾くらいには、なってみせるって」
「っ……私は、この手で救った命は簡単に奪わせません。たとえ本人が死を望んでいたとしても、全力で生かします」
救えないとわかっている命でない限り、私のエゴだと言われても救いたい。どんなに神様に願っても、生きられない人がいる。そんな彼らのためにも命は無駄にしてはいけない。
「ここから動いたら、許しませんからね」
強く念を押して立ち上がると、幕舎内の負傷兵を見渡す。蛆虫を取り除かずに傷口に新しい布を当てて蓋をしたり、さっきの捻挫の手当ても運ばれてきてすぐに対処できたはずなのに放置されていた。ここにいる治療師は基本的な処置の方法を知らないのかもしれない。
「負傷者がたくさんいる場合は治療者の数や道具にも限りがあるので、優先度をつけて処置に当たりましょう。歩行できるものは基本的に後回しに、呼吸がないものは気道を確保して再開すれば最優先に見ます」
この方法は大事故や災害時などでも使われるトリアージだ。手当の緊急度に合わせて、治療の優先度をつける。
見たところ治療師は自分を含めて五人しかいない。回復の見込みがないものは、医療設備も整っていないここでは助けられない。つまり、あきらめなければいけない命も出てくるということだ。
そこにいた治療師たちは戸惑いながらも「わかりました!」と声を揃えて負傷兵のところへ走って行く。その背を見送ることなく、私も近くにいた負傷兵を診ていった。