異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「マルク、蛆虫は取り除いてから洗浄をして布で塞いで。それからあなた、乾燥すると傷の治りは遅くなってしまうの。ちゃんと布で密閉して、毎日布を取り換えて」

 他の治療師に指示を出しながら目の前の兵の手当てをしていると、幕舎に飛び込むようにして誰かが入ってくる。

「シェイド様を助けてくれ!」

 誰かを担いできた兵は、叫びながら足をもつらせて転んでしまった。私は彼に駆け寄って、慌てて抱き起こす。

「大丈夫ですか!」

「俺のことより、王子を頼みます」

「王子って……」

 言われるがまま地面にうつ伏せに倒れこんでいる男性の横に膝をつき、彼を仰向けにする。

 金の肩章がついた紺の軍服の上に、三日月と剣の紋章が刺繍された足元まである丈の長い白のマント。現代日本ではありえない格好をした彼は夜空のような濃紺の髪に琥珀の瞳をしている。

 一瞬、彼の美しさに息を呑んだ。

 だが、浮世離れしたその目はうつろで視点が定まっていないことに気づいた私はすぐさま意識の確認をする。

「シェイド様、私の声が聞こえますか?」

 その頬を両手で包み込み、呼びかける。

 シェイド様の青白い顔が湊くんの顔と重なって見えて、心臓がドクリと嫌な音を立てた。

 死なせてはいけないと、心のどこかで警報が鳴る。

「あなた、は……誰だ? 俺は……ここで死ぬ……の、か……」

 息も絶え絶えに言葉を紡ぐシェイド様に、私は大きく頭を振った。

「死なないと、生きてみせると、強く気を持ってください。あなたは皆の希望なのでしょう? 死んだら、あなたを信じてついてきた人たちの思いはどうなるのです!」

 戦争を始めたのなら、最後まで責任をもたなければ。多くの犠牲を払ったのなら、その命は簡単に手放していいものではない。

「生きて、そのために私もあきらめませんから」

「はは……正論だ、な」

 力なく笑ったシェイド様の瞳に、少しだけ生気が戻る。

「俺は……まだ、死ぬわけには……いかない。この命、あなたに預けてもいいだろうか」

 彷徨う彼の手を強く握りしめ、私は決意を込めて頷く。

「死なせない」

 看護師が生死を断言することは、ほとんどしない。それは目の前の命がどうなるかを知っているのが神様だけだからだ。

 期待をさせるようなことを言って、結果が伴わなかったときの絶望は計り知れない。だから、言葉のひとつひとつに責任を持つ。

 でも、この人には死なせないと言ってあげたかった。絶対に助けなければならない人だから。

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