異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「頼むから、起きてくれ……」

 声が聞こえる。

「他にはなにも望まない、彼女を連れて行くな」

 続いて手に温もりが灯った。

 私を必要としている誰かの元に帰るため、光を強く見据えて手を伸ばした。その瞬間、世界は白に塗り替えられて強く目を瞑る。

 それから瞼をゆっくり持ち上げると、見覚えのある幕舎の天井が見えた。視線を彷徨わせれば、他には誰もいない。そう思ったのだが、右手に自分以外の体温が触れている。なんだろうと目線を下げた先に見覚えのある濃紺の髪があり、私はホッと息をついた。

 ずっと、付き添ってくれてたのね。

 疲れの滲んだ顔で眠るシェイドは私の横で寝そべり、どこにも奪わせないとばかりに強く手を握ってくれている。その姿を目の当たりにしたら胸が熱くなり、彼のところへ帰ってこれたことに涙があふれる。横になったまま、お腹の辺りにあるシェイドの髪を梳くように撫でる。

「んんっ、すう……」 

 シェイドは僅かに身じろぎ、まつ毛を震わせて静かに瞼を持ち上げた。それから弾かれるように上半身を起こして、安否を確認するように私の顔を凝視する。

「若菜、目が覚めたのか……!」

 奇跡に遭遇したという顔で彼は私に詰め寄る。自分を案じてくれたのはわかるけれど、動揺しすぎなシェイドについ笑みがこぼれた。

 するといつも穏やかなシェイドには珍しく、眉間に怒りを漂わせる。

「弱音を吐くって約束したというのに、お前はどうして自分が辛いときまで俺を励まそうとするんだ」

 彼に「あなた」ではなく「お前」と言われたのは初めてだった。気の知れた仲間には「お前」と呼んでいるところを度々見かけたのだが、私には丁寧な口調で話すことが多かったので驚く。ゴクリと唾を飲み込むと、シェイドは握っていた私の手を自身の額につけた。

「ごめんなさい、約束を忘れたわけじゃないのよ。ただ、あなたが泣きそうな顔をしていたから、なにか声をかけてあげたくて……」

 手を握り返して素直に謝る私に、シェイドは歯切れ悪く「いや……」と呟く。

 まだ腹の虫がおさまらないのかしら? 

 私は機嫌を直してもらう策を考えあぐね、しばらく口ごもった。沈黙がふたりの間に重い空気を生み出したところで、先にシェイドが口を開く。

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