異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「多勢に無勢ってこのことだよね。ミグナフタの軍人相手じゃ分が悪いし、今日のところは若菜さんを諦めてあげるよ」
気絶した隠密を見捨てて簡単に身を引いた彼は、その場から煙のように姿を消した。逃げられた苛立ちに舌打ちをしたエドモンド軍事司令官は、視線をシェイドに戻してサーベルを渡す。
「お前のサーベル、森の中に捨てられていたぞ」
「ああ」
しかし、シェイドはそれを受け取らずに呆然と私を見つめていた。反応の悪い彼にエドモンド軍事司令官は困惑気味に言葉を重ねる。
「そいつ、早く救護幕舎まで連れて帰るぞ、一刻を争う状態だ」
「ああ」
気もそぞろな相槌だった。
業を煮やしたエドモンド軍事司令官はシェイドの肩を掴んで「いい加減にしろ!」と怒声を浴びせた。
そこでやっと我に返ったらしいシェイドは何度か目を瞬かせ、すぐに私を抱き上げた。少しの振動でも傷に響いて「うっ」とうめく私に、彼は気遣うように声をかけてくる。
「すまない、もう少しだけ耐えてくれ」
苦しげに謝る彼を仕方のない人だと思う。勝手に罪悪感を感じて、守れなかったのは自分のせいだと責めているに違いない。
そう思ったら居ても立っても居られず、私は痛みを堪えながら口を開く。
「置いていかない、から……」
「え?」
「あなた……をひとりにしない。町に行くって、約束……も……」
ミグナフタ国を出立する前の日に約束したでしょう。すべてが終わったら一緒にエヴィテオールの城下町に出かけようって。
死ねない理由があると伝えたかったのだが、すべては言葉にならなかった。それでもこれだけは言わなければと力を振り絞る。
「だから……大丈夫……よ」
最後まで声になっていたのかは不明瞭だ。瞼が重力に逆らえず閉じてしまい、彼の顔が見えない。次第に指先の感覚までなくなって、私を抱きしめるシェイドの体温さえわからなくなっていた。
「目を閉じるなっ、なにか喋ってくれ! 絶対に死ぬな……っ」
闇の中をたゆたう私の耳に何度も懇願する声が届く。
約束したのに心配性だな、と心の中で苦笑いした。
私は死ぬ気なんてないと伝えたい。彼を安心させてあげたいけれど、なんせ身体が言うことを聞かない。 意識の海の中を浮いたり沈んだりして、これが夢か現実かもわからない。
ふと、彼の声が聞こえなくなったことに気づいた。とうとう死んでしまうのかもしれない。そんな予感が頭を過ぎり、すぐにそんなはずないと否定する。
──私は死ねない。彼を悲しませないためにも、私を生かしてくれた人たちのためにも。
そう心に強く言い聞かせると、ふと遠くからざわめきが聞こえてくる。なんだろうと耳を傾けた途端に一筋の光が見えた気がした。
気絶した隠密を見捨てて簡単に身を引いた彼は、その場から煙のように姿を消した。逃げられた苛立ちに舌打ちをしたエドモンド軍事司令官は、視線をシェイドに戻してサーベルを渡す。
「お前のサーベル、森の中に捨てられていたぞ」
「ああ」
しかし、シェイドはそれを受け取らずに呆然と私を見つめていた。反応の悪い彼にエドモンド軍事司令官は困惑気味に言葉を重ねる。
「そいつ、早く救護幕舎まで連れて帰るぞ、一刻を争う状態だ」
「ああ」
気もそぞろな相槌だった。
業を煮やしたエドモンド軍事司令官はシェイドの肩を掴んで「いい加減にしろ!」と怒声を浴びせた。
そこでやっと我に返ったらしいシェイドは何度か目を瞬かせ、すぐに私を抱き上げた。少しの振動でも傷に響いて「うっ」とうめく私に、彼は気遣うように声をかけてくる。
「すまない、もう少しだけ耐えてくれ」
苦しげに謝る彼を仕方のない人だと思う。勝手に罪悪感を感じて、守れなかったのは自分のせいだと責めているに違いない。
そう思ったら居ても立っても居られず、私は痛みを堪えながら口を開く。
「置いていかない、から……」
「え?」
「あなた……をひとりにしない。町に行くって、約束……も……」
ミグナフタ国を出立する前の日に約束したでしょう。すべてが終わったら一緒にエヴィテオールの城下町に出かけようって。
死ねない理由があると伝えたかったのだが、すべては言葉にならなかった。それでもこれだけは言わなければと力を振り絞る。
「だから……大丈夫……よ」
最後まで声になっていたのかは不明瞭だ。瞼が重力に逆らえず閉じてしまい、彼の顔が見えない。次第に指先の感覚までなくなって、私を抱きしめるシェイドの体温さえわからなくなっていた。
「目を閉じるなっ、なにか喋ってくれ! 絶対に死ぬな……っ」
闇の中をたゆたう私の耳に何度も懇願する声が届く。
約束したのに心配性だな、と心の中で苦笑いした。
私は死ぬ気なんてないと伝えたい。彼を安心させてあげたいけれど、なんせ身体が言うことを聞かない。 意識の海の中を浮いたり沈んだりして、これが夢か現実かもわからない。
ふと、彼の声が聞こえなくなったことに気づいた。とうとう死んでしまうのかもしれない。そんな予感が頭を過ぎり、すぐにそんなはずないと否定する。
──私は死ねない。彼を悲しませないためにも、私を生かしてくれた人たちのためにも。
そう心に強く言い聞かせると、ふと遠くからざわめきが聞こえてくる。なんだろうと耳を傾けた途端に一筋の光が見えた気がした。