異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「だから、元いた世界での仕事を放り出せないって思ってた。私が救えなかった命のためにも、逃げてはいけないって……」

 この思いは今も心の中にあるけれど、すべての語尾には『思ってた』がついて過去形だ。私は自分が幸せになるための道を選んでしまったから。

「でも……この世界に愛する人ができた。大事な仲間もできた。私はいつからか、元いた世界よりもこの世界を故郷だと思えるようになっていたの」

 突然、戦場の真っ只中に放り出された私を疑いもせずに仲間に引き入れてくれた月光十字軍の皆やミグナフタ国の治療館の治療師、兵たちとの出会いを通して、ここが自分の居場所だと思えるようになった。

「そしてなにより、あなたの隣で生きていきたいって思う。きっと、ずっと前から答えなんて決まっていたんだわ」

 想いがあふれて目の奥が熱くなる。

 体裁や責任、血の繋がりすらも凌駕して大事なものができた。もう迷わずに、手放さずにいようと私は返せなかった告白の返事をする。

「愛しています、シェイド」

 募った想いと比例して涙が頬を伝う。

 私が泣いていることになのか、告白したことになのか。彼は目を見開いてから、くしゃりと泣きそうに顔を歪めた。

「……っ、ああ、若菜。俺も愛している」

 言い足りない愛情をぶつけるように、私たちは唇を重ねた。無我夢中でお互いを貪ると、息苦しくなって私は腰を引く。

「もう、お前は俺のものだ。どこへも逃がさない」

 キスの合間に束縛にも似た囁きが聞こえてくる。壊れそうなほど心臓が高鳴っている私の腰を強く抱き直し、後頭部をおさえられた。唇を割って侵入してきた熱い舌に口内を舐られて脳髄まで蕩けそう。甘やかな執着さえ心地よくて、私は多幸感に溺れていた。

「……ん、若菜。これ以上続けたら、ちゃんと話ができなくなる」

 決まりが悪そうにシェイドは長く息を吐き、私の肩を掴んでそっと押した。目が合うとどちらともなく赤面する。

 目を伏せると、大きくて骨ばった両手が私の頬を包み込んだ。視線を上げると、コツンッと額が重なる。

 真剣みを帯びる眼前の琥珀の瞳に吸い込まれそうになった。不思議な期待に胸を膨らませていたら、シェイドはそっと口を開く。

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