異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「マルク、薬はないって言っていたけれどこの世界ではどうやって薬を作っているの?」 

「調合の時間がないときは、薬草の汁を直接傷口に当ててるんです」

「そう、では止血の薬草はわかる?」

「あ、はい! ヨモギなら路傍の草地で、コオホネは川や池沼で見つかるはずです」

 ヨモギって、止血薬になるのね。

 元いた世界では、すでに調合された薬しか見たことがない。薬学は勉強したが、主に作用と副作用が主体で成分までは深く知らなかった。

 薬剤師の分野になるのだろうが、この世界の治療師は道具に頼らない治療ができる。それは本来あるべき治療者の姿なのかもしれないと、しみじみ思った。

「若菜、移動中の小休憩はなるべく薬草が採取できそうな場所でとるよう調整しよう」

 話を聞いていたシェイド様が、私の言わんとすることを先回りしてくれる。穏やかそうに見えて、すごく頭が切れる人なのかもしれない。

 何はともあれ、彼の心遣いに感謝しなければ。

「シェイド様、ありがとうございます」

「いいや、治療師側の意見をもらえるのはありがたい。皆で隣国に渡れなければ、意味がないからな」

 柔らかな微笑を返され、私はなんだか落ち着かなくなって目を伏せる。胸の辺りがむず痒くなる奇妙な感覚に襲われながらも、表情だけは平静を保った。

 悟られまいという意地が勝ったらしく、誤魔化されてくれたシェイド様は私から視線を外して皆の顔を見渡した。

「今は国の復興や王位の奪還ではなく、ただ生きることだけを考えてくれ。俺もそのためだけに皆を導く」

 腰に差さっているサーベルを抜き放つと、シェイド様は天に掲げた。それを見ていたアスナさんも剣先に向かってカーブしている二本の刀剣をシェイド様の剣に添える。

「その志に、どこまでもついていくさ」

「生憎、あたしも無様に死ぬつもりはないのよ」

 ローズさんも細身で先端の尖ったレイピアをふたりの剣に軽く当てて唇に弧を描く。それだけで彼らの間にある絶対的な信頼を感じ取れた。

 王子と騎士からほどばしる熱を肌に感じて、今の自分ならなんでも成し遂げられるような気になる。

「最低限の荷物を持って、一時間後にここを経つ」

 私は今まで感じたことのない高揚感を胸に、シェイド様の言葉に強く頷いた。

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