異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「急ではあるが、これからこの地を離れる」

 その日の夜、ニドルフ王子の軍勢が引き上げていくとシェイド様が救護幕舎にやってきた。

 彼は戦線復帰できる状態ではなく、戦のあとは毎回傷が開いて軍服に血を滲ませて帰ってくる。治すために手当てをしているのに、その倍の傷を作って戻ってくるのだ。

 もう少し休んでいてと頼んでも、戦わなければ多くの命が失われてしまうからと私の意見はやんわりと却下されてしまう。

 戦うために傷を癒すという行為に胸が痛む。手当てをするたびに、この人の傷を治してしまったら、また戦場に立たせることになる。自分のしていることは、本当に正しいことなのか。こんなふうに誰かを救うことに迷いを感じたことは生まれて初めてだった。

 でも、その葛藤も今日で終わる。

 そう、戦争を続けること二週間。ようやく隣国に逃げる準備が整ったのだ。生きるために逃げられるだけの体力が負傷兵や治療師に戻った。

「隣国へは中間にある村を経由して、できれば二週間で向かいたい」

 木箱の上に広げられた地図をのぞき込んでシェイド様の説明を聞きながら、この世界に電車や車と行った移動手段がないことを知る。

 馬はいるみたいだが、兵は八千人ほどいる。人数分の馬を用意するのは現実的ではないし、怪我がひどくて乗馬できない人間もいるので移動は徒歩になるだろう。

「村が休憩ポイントってこと。だから、そこまでは小休憩を挟みながら一週間かけて向かうから」

 シェイド様の隣に控えるアスナさんが、補足で教えてくれる。

 小休憩とはいっても、あまり進む足を止めることはできないだろう。

 地図には見たことのない地形が並んでいるが、途中途中に山のようなものが描かれている。動けるとはいっても、傷は辛うじて塞がっているだけだ。このように険しい道を進むということは、小休憩で傷が開いた者の止血に追われることが予想できた。

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