異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「どこへ行くんだ?」

「えっと、バルトン政務官のところです。明日、町の施療院で治療をすることになっているので、その打ち合わせに」

 アシュリー姫と繋がれたままのシェイドの手を視界に入れないように努めながら、淡々と説明した。

「バルトン政務官……」

 その名を復唱したシェイドはなにを考えているのか、難しい顔をしている。それからアシュリー姫の手を「失礼」と言ってそっと離し、私たちの横に並んだ。

「その打ち合わせとやら、俺も参加させてもらう」

「シェイド様、どうしてですの? 今は私とのお散歩の途中ですのに、もしかしてその女と一緒にいたいからかしら」

 キッとアシュリー姫の鋭い視線に射すくめられる。私が肩をすくめると、目の前にシェイドの背中が広がった。

「彼女といたいのは真実ですが、月光十字軍の王宮治療師がどのような理由で町の施療院に派遣されるのかを把握する必要がありますので」

 私をアシュリー姫の視線から庇うように立ったシェイドに胸が熱くなる。

 それを目の当たりにしたアシュリー姫は当然ながら不機嫌になっていき、フイッと横を向いてしまう。

「シェイド様、穴埋めはお茶会でよろしくて?」

「ええ、時間があればご一緒させていただきます」

 社交辞令を返したシェイドは、恭しくお辞儀をする。それにほんの少し怒りを鎮めたアシュリー姫は、シェイドの横を通り過ぎる。続いて後ろにいた私とすれ違う瞬間に「目ざわりな女」と小声で囁いて、彼女はこの場を立ち去った。

 完全に修羅場に巻き込まれている私は、こっそり深い息をつく。

「あのお姫様、前から王族と貴族以外の人間をゴミ同然に扱うから気に食わねーんだよな」

「シルヴィ治療師長、お姫様にそれは言いすぎじゃ……」

「なんだよマルク、お前は腹が立たないのか」

 後頭部で腕を組み、片目を閉じて腹立たしげに愚痴をこぼすシルヴィ治療師長。マルクも否定できないのか、口をつぐんでしまった。

 見かねた私は、軽くシルヴィ治療師長を肘で突く。

「もう、マルクを困らせないでください」

「俺は自分に素直に生きてるんだよ」

「だとしても上司として、部下に人の悪口を聞かせるものではありません」

 きっぱり告げると、なぜかマルクが目を輝かせる。

「さすがは若菜さん、いつも尊敬しています!」

「う、うん?」

 話の論点がずれている気がする。

 首を捻っていると、シェイドが手で口元をおさえながらクッと喉の奥で笑う。困惑しながら彼を見れば、「すまない」と謝られた。

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