異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「……ペスト」

 昔は黒死病と呼ばれていた感染症だ。現代日本であればストレプトマイシンという抗菌薬が効くため、後遺症も残らず予後がいい。けれど、この世界にあるのは薬効をどこまで期待できるのかわからない薬草だけだ。

 ペストには三種類ある。おそらく、私の今診ている患者はリンパ節が腫れているので腺ペスト。右隣で血痰を吐いた患者は肺ペスト、左隣の手足が壊死している患者は敗血症ペストで最も生存率が低い。まれに皮膚に化膿性の潰瘍や出血性の炎症がみられることがあり、皮膚ペストもある。この青年の鎖骨にある発赤から、皮膚への感染も疑われた。

 怖くてたまらなくない。でも、ここで私が立ち止まった時間だけ、多くの命が失われていく。ペストは時間との戦いだ。数日で人の命を簡単に食い尽くしていく恐ろしい病気なのだ。

「しっかりしないと」

 あえて言葉にして、自分の気持ちを落ち着ける。すると気持ちが切り替わっていくのを感じた。

 私は一端青年のそばを離れて、治療師とダガロフさんを待機室に集める。この部屋には薬剤や治療器具が置かれており、私の世界で言うナースステーションのような場所だ。

 そこで私はここいにいる患者がペストの可能性が高いことを話した。この世界でははっきりとした病名は発見されておらず、熱には解熱剤を傷は洗って布をあてるなどの症状に対しての処置がほとんどだ。しかし、今回は病原菌に対してアプローチしていかないと患者は確実に数日で亡くなってしまう。

「そのペストって、なにから感染するんだ?」

 腕組をして布越しにシルヴィ治療師長が尋ねてきた。

「ダニです。それもペスト菌に感染したネズミを吸血したダニが人に咬みつくことで起こります。あとは患者の咳や淡からも感染しますね」

 確か元いた世界でも輸入した毛皮にペスト菌を保有したダニがついていて、流行したと耳にしたことがある。それも現代ではなく、中世ヨーロッパでの話だ。

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