幻獣サーカスの調教師
暗い世界で、ラッドと過ごした思い出が溢れ出す。

自分が飛んでと言えば飛び、止めてと言えば悪戯も止めてくれた。

勿論、常にいうことを聞いてくれる訳でもなく、いくら言っても聞き分けの悪い時もあった。

それで、こちらがイラついたりする時も、どうして言うとおりに出来ないんだろうと、理不尽に腹を立てた時もあった。

でも、最後にはちゃんとルルの言葉に、耳を傾けてくれていた。

だから、見誤っていたのだ。

(……痛い……痛い……)

右耳が焼けるように痛い。右の肩も腕も思い通りに動かせず、まるで半分だけ石になってしまったようだ。

(……助けて……誰か……ノエンさん……)

左手を伸ばして、何かを掴みとろうともがく。

すると、誰かの手が、ルルの手を包んだ。

(……ノエン……さん……)

冷たい手なのに、とても暖かいような、不思議なものが流れ込んでくると、ルルはまた目を閉じた。


「…………馬鹿女」

「……ノエ……さ……」

伸ばされた手を、何となく握ったリュートは、呟かれた言葉に目を伏せる。

結局、暴れだしたラッドは、ノエンが一撃で気絶させ、首輪と鎖を付けて、檻の中へと入れられたと聞いた。

血だらけの男とルルが運び込まれ、ルルの世話を任されここにいるが、あまりにも悲惨で、リュートは目を反らしたくなった。

今の自分の顔を、鏡で見ようものならば、彼女はどう思うだろうか?

「幻獣は、人とは違う。そう忠告したことも忘れたお前の責任だ」

吐き捨てるような言葉とは裏腹に、リュートは痛ましげに顔を歪めた。

もう一人の男は、もう顔も分からないほど悲惨で、即死だった。

寧ろ、ルルが生きているのは奇跡としか言いようがないくらい不思議だ。

(だが、お前は死ななければいけないだろうな)

貴族の男を噛み殺したラッドは、生かしておけない。そして、幻獣使いのルルも。

「……本当に……馬鹿だな」

だが、引っ掛かることはあった。

(ノエンは、ラッドを止めようと思えば止められた。なのに、何故そうしなかった?)

あの男には何かしらの目的があることは、何となく分かっていた。

このサーカスに来たのも、売られたのではなく、団長と何か契約を交わして居座った可能性がある。

(……あの貴族の男を、ラッドに殺させる予定だった?)

考えたところで、結局本人しか答えは知らない。

そして、目を覚ましたルルが、ラッドをどう向き合い、答えを出すのか、今はそれを見守ろうと、リュートは思った。

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