硝子の花片
「そっ総司っ!!!」

「近寄ら…ない、で…」

総司は苦しそうに言った。


私は見てしまった。


総司の手のひらについた紅い、血を。




「ねぇ…もしかして…風邪じゃ、ないの…?」

総司はビクッと肩を揺らした。
咳が収まり、ゆっくり顔をあげる。

その口の端に血がついている。

総司は弱々しい笑みを浮かべた。

「…バレちゃったか。…私、労咳なんだそうです」

そんな弱々しい声、聞きたくなかった。

労咳…今で言う肺結核の事。かつては日本人の死因トップ3に入るほどの病気で、今はBCGで予防が出来るが、昔は予防薬もなかった。

不治の病、というものだ。

喀血したら、余命1年ほどなのだという。

瑞奈が、いつか言っていた気がする。

歴史上の人物には、肺結核で亡くなる人が多いのだと…


「黙っていてごめんなさい。貴女にそんな悲しい顔させたくなかった…。」


総司と居られる時間は、もう、ない。

じゃあ、ずっと笑顔でいた方が、彼の為になるんじゃないか。

でも、そんなの信じたくない、今笑ってしまえば、総司と居られる時間がないことを、認めてしまう。諦めてしまう。

…そんなの、無理だ。

「…みんな、隠してたんだ…。でも、知れてよかった。じゃないと、どうにも出来なかった。

…絶対、治ります。諦めちゃ、駄目です。

私、治るの、信じて待ってますから、お願いだから、総司こそそんな諦めた顔しないで…!」

私の目から涙が零れた。

頬を濡らしていく。

涙は頬を伝って落ちていく。

感情が、溢れた。


死なないで欲しい、ずっと一緒にいたい、笑って欲しい…諦めないで欲しい

(どうしようもないのに、こうも諦め悪いなんて、我儘かな…)


総司の血のついていない方の冷たい手が私の頬を撫でた。

不器用で、冷たくてどこか暖かい。

この手がいつか、動かなくなるなんて、思いたくない。


「…うん。」


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