透明な檻の魚たち
「ごめんなさい、余計なこと訊いちゃったわね。忘れてちょうだい?」
「あ、いえ! 違うんです。言ったら、笑われるんじゃないかと思って……。だから今まで、誰にも言ってなかっただけで」

 慌てて顔の前で手を振る一条くんを前に、私はきょとんとした。

「彼女か好きな子が、図書室に通っているのかと思っていたんだけど」

 一条くんはますます慌てた様子で言う。

「ま、まさか! 彼女なんているわけないじゃないですか」
「そんなことないわよ。一条くんはモテそうだし、彼女がいないことのほうが意外だわ」
「そんなことないですよ……」

 と一条くんは頭を落とす。

「進学校では、僕みたいなやつはモテないんですよ。女子だってつまらないでしょう、僕なんかと付き合っても」
「そうやって自分を卑下するのは良くないわ。私は一条くんとの会話、とても楽しいわよ?」

 怒られた子犬もようにしょげ返っている様子の一条くんを見ていたら、つい本音が出てしまった。一条くんははっと顔を上げて、

「ありがとうございます……」

 と、はにかんだように言った。

「僕が、図書室に通っているのは」

 ふ、と一息ついたあと、一条くんは図書室のほうを見て話し始めた。

「この図書室にある本を、卒業までに全部読みたいからなんですよ」

 私は、その言葉に驚きを隠せなかった。なにか言おうとして、なのに言葉が出てこなくて固まってしまう。一条くんは、図書室のほうを見ているから気付かない。

「入学したときに、決めたんです。ここの本を、在学中に全部読んでやろうって」
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