透明な檻の魚たち
 壁際にドミノのように並んだ本棚、中央に置かれたいくつもの長机と椅子。本を読むことよりも学習することに重きを置いた図書室。なので、蔵書はさほど多くない。

 そこに並んだ意思を持つ紙たちは、何百か、何千か。三年あると思えば無茶な数ではない。一日一冊読めば、三年で千冊を超えるんだから。

「そのときは、三年あれば楽勝だ、なんて思っていたんですけど。毎日読むって目標もなかなか達成できなくてサボってしまったりして。結局、卒業間近になって慌てることになってしまったんですよ。それが僕が、図書室に通っている理由です」

 だけど、一日一冊といったらかなりのペースだ。楽しいことが他にもたくさんある高校時代で、わざわざそんな挑戦をする変り者がどれだけいるだろうか?

「だったら、何冊か借りて帰って、家で読んだほうが早いんじゃないの? あなたはもう、自由登校なんだし」

 やっとのこと、平静を装ってそれだけ言えた。鼓動の高鳴りも、だんだん治まってきている。

「ええ。実際今までは、借りて家で読むことのほうが多かったんですが……。なんだか、もう卒業ってなると、この図書室で本を読むこともできなくなるんだなあって。本だけだったら、本屋でも同じものは買えるし、図書館にだってあるでしょう? でも、ここで本が読めるのって、今だけなんだなあって考えたら」

 少しでもここでの思い出を作りたくて、と一条くんは優しい声でつぶやいた。今までの学校生活の思い出を愛おしむかのように。

 私も呼吸を整え、気持ちが乱れているのを悟られないように話をつないだ。

「驚いたわ。実は私、この学校の出身でね。私も入学したときに同じことを考えたのよ。卒業まで全部の本を読みきるんだって。まあ、私の場合は成功しなかったんだけど」

 そう、今まで誰にも言わなかった、私の挑戦。そして、成功しなかったその挑戦を、私は今でも続けている。誰にも言わなかったし、そんなことをやっている人がほかにいるなんて思いもしなかった。

 だから、一条くんの次の言葉は、さっきの言葉よりももっと、私を固まらせた。


「先生はもしかして、ここの本を読みきれなかったから母校の司書になったんですか?」
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