透明な檻の魚たち
「もっと、ちゃんとした格好をしてくれば良かったわ」

 嘆息して、つい、そう零す。

「え、僕はいつもの恰好よりそっちのほうが好きですよ。先生、見た目とか声とかやわらかい感じなのに、学校ではかっちりとした恰好でしょう? だから、そういったカジュアルな服装のほうが、先生のイメージに合っている気がします。僕の中では、だけど」

 思いもよらない発言を聞いて、うまく表情を作れなかった。口はへの字になっているのに笑っているような顔のまま、なんとか言葉を探す。

「あ、ありがとう……と言っていいところよね? これは」
「褒めているので、言っていいと思いますよ」

 その言葉にほっとして、やっと普通に笑えた。

「先生は、何を探しているんですか?」

 一条くんの言葉に、本棚から中途半端に引き出したままの本を思い出した。

 かわいそうな状態のままじっと待っていてくれた本を引き出し、抱き締めるようにしっかりと持ってから、一条くんに見せる。水彩画の、淡い水色の表紙。

「これよ」
「……スイミー?」
「そうよ。小学校の教科書で習わなかった?」
「たしか、小さい魚が集まって、大きな魚を追い払う話ですよね。魚が集まって、大きな魚のかたちを作って……」
「そう、その話」
「なんで、その話を探していたんですか?」
「絵本を集めるのがね、趣味なの。あとは、急にこの話が読みたくなったから、かな」
「急に……ですか」

 一条くんは怪訝な様子で口元に手をやる。大人っぽいその仕草も、彼がやると様になっていた。
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