はつ恋【教師←生徒の恋バナ】
翠子と向き合ってお茶をしていると、グランドピアノが目に留まった。



ふと、疑問が頭をよぎる。



それは昨日、耳にした曲のこと…。



「翠子さんは『悲愴』って曲、ご存じですか?」



「悲愴って、ベートーヴェンのピアノソナタ…かしら?」



そう聞かれても…。



「アナタだかソナタだか分かんないけど、ピアノの曲。」



私がそう言うと、翠子はくすくすと笑う。



「優さんも、同じことを言っていたわ。」



「私、野田先輩と同じレベルなんだ…。」



認めたくないことを言葉にすると、本気で落ち込んでくる。



ため息なんてついてたら、翠子が苦笑いをしていた。



「ところで若菜さん、なぜ悲愴のことを私に…?」



「何でアレに、悲愴なんて名前ついてるのかな?

すごく穏やかな曲なのに…。」



私がそう言うと、翠子が少し考える素振りをした。



「若菜さんが聴いたのは、第二楽章かもしれないわね。

あの部分は、“諦め”もしくは“慰め”を表現していると言われているの。

曲から、癒そうとする感じを受けるでしょう?」



かもしれないけど、私の傷は…癒やされることはない。



まるで私の心を読み取るかのように、翠子は続ける。



「私の意見で申し訳ないけれど、あの部分は“幸せだった時”を思い出しているのではないかと私は思うの。

幸せだったからこそ、悲しみも大きいのではなくて?」



私の心に、翠子の言葉がストンと落ちた。



「悲愴は第三楽章まであるのだけど、一度通しで弾いてみるわね。」



え?聴くんじゃなくて…、弾く!?



「今度の発表会で、悲愴を弾くの。

私の練習も兼ねて、拙い演奏で申し訳ないけれど、少しの間付き合ってくださる?」



私が頷くと、早速弾き始めた。



通しで聴くと、私の中で悲愴のイメージが変わった。



翠子が奏でた、私の心に添った曲は…きっと忘れることは無いだろう。









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