湖にうつる月~初めての恋はあなたと
リビングに戻った私はソファーに座る澤井さんに声をかけた。

「すぐクリーニング屋が来るからもうしばらく待ってて」

「はい」

私は澤井さんの座る横で立っていた。

澤井さんはソファーを軽く叩きながら言う。

「立ってないでここに座ったら?」

「いいんですか?」

「俺も君に立ってられたら逆に気を遣う」

彼はそう言って笑うと、私の手を掴んでぐっとソファーに引き寄せた。

いきなり引っ張られたのでバランスを崩して、思わず澤井さんの肩に正面から倒れ込んだ。

がっしりとした、彼の肩が私の体を支える。

澤井さんの手が抱き留めるように私の腰に触れていた。

「すみません」

胸が張り裂けそうにドキドキしていた。

そんな私の動揺がばれないようになるべく無表情のまま体勢を立て直すと、澤井さんのすぐ横にゆっくりと腰掛けた。

横で澤井さんは足を組み、私の顔を愉快そうに眺めている。

「なんでしょう?」

ドキドキする胸を手で押さえながら尋ねた。

「君って意外と華奢だよね」

「意外と?」

「うん。とても小さくて繊細で、ぎゅっと抱きしめたくなる感じ」

思わず顔が熱くなって澤井さんから顔を逸らした。

ふぅ。

何言ってんのかしら。

男と女は一切ないって言ってるのに、そんなドキドキさせるようなこと言っちゃって。

「ほんと、俺の一言一言に敏感に反応する君がかわいくてたまらないよ」

「からかわないで下さい」

前を向いて必死に強めの口調で返したその時、私は澤井さんの腕の中にすっぽり抱きしめられていた。

ドキドキしすぎて呼吸をするのを忘れる。

これは一体どういうこと?

澤井さんが私の耳元でささやく。

「キスしてみよっか」

「え?」

耳元にかかる澤井さんの吐息が私の体中にしびれをもたらす。

「そういうことしないって・・・・・・」

そんな雰囲気に呑まれそうになるのをなんとか堪えて苦し紛れに言い返そうとしたら、途端に澤井さんの体が離れた。

「冗談だよ」

「は?」

「そういう雰囲気にも慣れといた方が今後いいかなと思ってさ。大抵、こういうシチュエーションになったら男はそんな風になっちゃう生き物だから覚悟しといた方がいい」

彼はそう言うと、軽く笑って席を立ちキッチンへ入って行った。

体中が脈を打っている。

キッチンに入ってその姿が見えなくなると、ようやく息を静かに吐くことができた。

両手で頬を挟む。そんなことしたって体中のドキドキと熱は止まないのに。


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