湖にうつる月~初めての恋はあなたと
「そういえば、俺の自己紹介、君にきちんとしていなかったね。話したのは彼女と正月早々別れたことくらい?」

澤井さんそう言って笑うと、カップをテーブルに置き足を組み私の方に顔を向けた。

至近距離の切れ長の目に、さっき抱きしめられた感触が蘇ってきて思わず視線を落とす。


澤井さんは、聞いていた通り世界でも名の通った総合商社『澤井ホールディングス』の跡取り息子だった。

5年前にニューヨーク支店に勤務になり、食品マーケティングを担当していたが、先月から海外フード営業部長として日本に戻ってきたという。

海外出張も頻繁で、月に最低でも2回は10日間ほどの期間要する海外出張が入るという。

主にアメリカ、ヨーロッパで海外生産食品と日本の食品企業との橋渡し的な仕事らしい。

そして、今期中に目標達成すれば、来期は常務取締役に就任する予定だと社長に言われていると。

「じゃ、将来は常務を経て澤井ホールディングスの社長になるんですか?」

カップを両手で持ったまま尋ねる。

相変わらずつまらない質問だと自分で思いながら。

澤井さんは、ふっと表情を固くして言った。

「いや、それはない」

「どうしてですか?」

意外な彼の返答に首を傾げる。

「女性は、いつもそのことを俺に尋ねてくるんだけど、そんなにそこは重要なこと?」

「いえ、そんなつもりは」

なんだかその他大勢の女性と同じと思われるのが嫌で慌てて首を横に振った。

社長になるかどうかは正直どうでもいいことだったけど、話の流れで聞いただけだったから。

「俺は俺の人生を生きたいと思ってる、澤井の名前に縛られない。誰かのために、とかそういうのはもううんざりなんだ。だから数年後には自分の会社を立ち上げるつもりだよ」

彼にとっては、そんなこともたやすいことのような気がする。

だって、全てを手にして今までも生きてきているんだもん。

私の想像を超えているような人生をきっとこれからも歩むんだろう。

「澤井さんならきっと順風満帆に進んでいかれるような気がします」

言ってしまってから、なんだかえらそうだったかなと思い「すみません」と小さく呟いた。

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