湖にうつる月~初めての恋はあなたと
澤井さんも大きく頷く。

「君の言うように、好きだけではどうにもならない。俺は『好きこそ物の上手なれ』っていう諺はあまり好きじゃないんだ。好き、ということに甘んじているようで。だから簡単に好きだからってその道に進めとは言えない」

私は彼の言葉に大きく頷く。

「だけど、もし君が好きの上に固い決意と信用を積み重ねられるのなら、また話は別だよ」

決意と信用?

「仕事をうまくやれるかどうかは信用を得れるかどうかにかかってる。完璧に見える人間でも信用がなかったらその仕事は失敗に終わる。例え、人前に出るのが苦手でうまく自分を表現できなくても、信用を得れたら仕事は成功するんだ」

「後者は私のことですか?」

そう尋ねたら澤井さんはくすっと笑った。

「それは、君の受け止め方次第だけど」

「決意と信用が自分の好きの上に積み重ねられるかどうかなんですね。勉強になります」

私はうんうんと何度も頷いた。

「まぁ、いつかのために頭の片隅にでも残しておいたらいいよ」

澤井さんは自分の腕時計に目をやった。

「おっと、いい時間だ。この上のレストラン12時半に予約してるんだ。そろそろ向かうか」

もうこんな時間。

澤井さんの部屋で既に1時間半過ぎていた。

こんなにも誰かと過ごす時間が早く感じるなんて初めてだわ。

私は「ごちそうさまでした」と言って、マグカップを持って立ち上がるとキッチンに向かおうとした。

「いや、いいよ。俺が持っていくから」

彼は私を制して私が持っていたマグカップを手に取って、キッチンへ入っていった。

マグカップを私から取った時に微かに触れた指がくすぐったい。

ただそれだけなのにこんなにも胸が高鳴る。








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