神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「懐妊については、愁月では専門外だろう。それとも、人の子とは違うのか?」
「違うようです。現に、この国の他の虎様方の“花嫁”様は、何十年と“花嫁”でおられますし」
「確かにな」

人間とて誰もが事を為し、すぐに孕む訳ではない。だからこそ、『懐胎と生』を司る赤い“神獣”がいるのだ。

しかし、何十年も経つ他の“神獣”の“花嫁”が“役割”を終えずにいるのに、半年にも満たない“花嫁”が先に懐妊するとは。

(有り得ないことではないが、確率は低いに決まっている)

まるで、この機を狙ったかのような愁月の進言の数々には、作為を感じずにはいられない。

(目的が何か分かれば簡単なんだが)

“国司”である自分を陥れる罠にしては、実害が少ない。せいぜい、この“下総ノ国”の任地から解かれる程度だ。

萩原家は元を正せば、この地方の豪族。任官など、ほとぼりが冷めた頃、また買い戻せるのだから。

「若?」

考えこんだ尊臣に、沙雪のいぶかしがる声がかかる。

(考えても詮無いことだな)

直接、愁月本人と会い、確かめればいいこと。

「……咲耶が来たら呼べ」
「承知いたしました」

言って(へや)を下がる沙雪から、尊臣は自身宛てに届いた書状に目を通すため、文机に向かう。

(化かし合いだな)

キツネ目の“神官長”に相対する自分は、不本意ながらタヌキであろうかと、“下総ノ国”の長たる者は皮肉な笑みを浮かべたのであった。





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