神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
禍つびの神獣(かみ) ─後篇─

《十》白い神獣、降臨──なぜ、泣いているのだ。

格子戸のすき間から夕陽が差し込んでいた。少し肌寒さを感じる風が、咲耶の頬をなでる。

「時が来るのを待て」と愁月が咲耶に告げたのは、何か行動を起こすつもりなのか。
それとも、何かしらの行動を咲耶に期待してのことなのか。

いずれにせよ、咲耶は現在、“大神社” 内の片隅にある(ほこら)のなかに閉じ込められていた。

「儀式を終えたのち、また参ります。……どうぞ、ご辛抱くださいますよう……」

そう言い残し、咲耶を祠に入れたのち格子戸を閉めた沙雪は、懐から取り出した短冊を戸の合わせに貼り、立ち去ってしまった。

斜めに貼られたお札のようなそれは、咲耶を閉じ込めるための封印だろう。
現に、何度か乱暴に戸を叩き開けようとしたが、びくともしなかった。

(このまま何もせずに待っているだけで、本当に良いのかな……?)

愁月を信じると決めた。だが同時に、自分にできることがあれば何かしなければという焦りが、咲耶のなかにあった。

(和彰……)

身の内に取り込んでしまった“御珠”を……白い“神獣”の“化身”を想う。

飲み込んだ直後こそ、飴を誤飲してしまったかのような違和感があったが、いまは胸の辺りがじんわりと暖かい。
それはまるで、和彰が咲耶を内側から守ってくれているかのようだった。

(そうよ。目には見えなくても、和彰はここにいて(・・・・・)、そして、私は和彰の“花嫁”なんだから……!)

そう強く思った時、咲耶の頭のなかで様々な事柄の断片が、ひとつ、ふたつ……と、つなぎ合わされた。

(まさか、愁月の狙いは──)

はっとして、咲耶は顔を上げる。夜のとばりが周囲をつつみ始めていた。

その時、静寂を打ち破るかのような鼓の音が空間を震わせた。次いで、(しょう)の音が、寄り添うように音色を奏でる。

(何……?)

どくん、と、咲耶の心臓が脈打った。
単調な曲でありながら、人の心をかきたてる音色。何かが、始まろうとしているのだ。

(私は……本当にここにいて、いいの?)

祠とは、本来は神を(まつ)るためのものだろう。
だが、咲耶のいるここはまるで牢獄のようで、自分は罪人であるかのような扱いだ。

格子戸に手をかけて、咲耶は追い立てられるように声をあげた。

「誰かっ……! 犬貴! 犬朗! タンタン! 転転!」
< 318 / 451 >

この作品をシェア

pagetop