神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
咲耶はその身を伏せ、美貌の青年のあごを上向かせると、人工呼吸の要領で息を吹き込んだ。

(和彰、今度こそ戻って来て! お願い……!)

ぎゅっと目をつぶり、唇を合わせたまま祈る。永遠にも思えるほどの時間──。
しかしそれは、背中に回された力強い腕と大きな手のひらの感触によって、正常な時の流れを刻みだす。

(あ…………)

確かめるようにたどるもう片方の指先が、咲耶の頬から耳を伝い、後頭部の髪をそっと絡めとる。

「か……っ……」

言いかけて、呑み込まれる愛しき者の真名(なまえ)。離れかけた唇を奪ったのは、当の本人だった。

ぬくもりも、吐息も。言葉よりも明瞭に、咲耶を求めているのが分かる。

「……なぜ、泣いているのだ」

低い声音に問いかけられ、咲耶は強くまばたきをして涙を追いやった。青みがかった黒い瞳に自分が映りこみ、安堵(あんど)の溜息をつく。

「やっと……和彰に逢えて、嬉しいから」

至近距離でささやき返すと、わずかに寄せられた柳眉が戻り、美しい面に笑みが浮かぶ。

「私も、お前に逢えて、嬉しい」

──それは、この“下総ノ国”に、ふたたび白い“神獣”が降臨した瞬間だった。





< 326 / 451 >

この作品をシェア

pagetop