神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「──ちょっと! ヤダ辛気くさい!」

穏やかな口調につられ、しみじみとうなずいた咲耶の肩を抱き、茜が笑い飛ばす。

「今日はアンタの『帰り』を祝っての宴でしょう? 主役が浮かない顔してんじゃないわよ。可愛い顔が台無し!」

からかうように鼻先をつつかれて、咲耶は赤面した。

「あ、茜さんっ」
「あらヤダ、なに? その初々しい反応。
ひょっとしてハクに、『可愛い』とか『綺麗だ』って、言われたことないのぉ?」

…………図星だ。
指摘されるまで気にも留めなかったが、改めて振り返ると、そんな台詞を和彰から言われた試しがない。

(まぁ、和彰は正直だからな……)

十人並みの容姿を褒めることの意味も、世辞を言う必要性もないと思っているのだろう。

(でも、ちょっとさびしいかも……なんて思うのは、ぜいたくなのかな……)

和彰が自分を大切に想ってくれてることは、解っているだけに──。

茜の『つまごい』の説明が再開されたが、咲耶はどこかうわの空のまま、しかし視線だけは和彰の美しい舞い姿を、追いかけていた。





事件(?)は、その直後に起こった。

和彰の舞いと闘十郎、犬貴、美穂の演奏に対し、場に集った者たちの拍手喝采があがり、それぞれが己が席へと戻った時。

「と~じゅ~ろぉ!」

聞いたことのない声色に、一瞬、咲耶は珍客がやって来たのかと錯覚したのだが。

「もぉユリはぁ、呑めないのれす~」

声の放たれた位置と単語が、一人の女性しかあり得ない事実に気がついた。

(そ、空耳かな?)

「……あは。百合子さん、もうデキ上がっちゃってんじゃん!」
「コッチのほうが断っ然、ユリさん可愛いのにねぇ。酒入った時にしか見れないなんて、ザ~ンネン」

咲耶が注いだ酒を呑み干した美穂が笑えば、茜も面白そうに同調している。……どうやら、聞き間違えた訳ではないらしい。

恐る恐る百合子たちの席の方向を振り返ると、頬を染め、とろんとした目つきで闘十郎にしなだれかかっている黒髪の美女がいた。

(わわ、百合子さん!?)

なんだかイケナイものでも見てしまったような気分の咲耶の前で、闘十郎はそんな百合子の背をあやすようにポンポンと叩く。
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