神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……美穂だってアンタと同じ。なんの取り柄もない、普通のコだったわ」
盃の縁をなぞる指先と共に、伏せられる、明るい鳶色の瞳。つややかな声音と相まって、咲耶に色気を感じさせる。
(前から思ってたけど、茜さんって性別超越してるよね……)
男とか女とかの枠組みでなく。なよやかというよりは、しなやかな美しい獣を思わすような、その姿勢。
(言葉遣いとか仕草はアレだけど)
女性的ではあるが、女々しくはないのだ。
そして、美穂との戯れのような会話以外は、理知的で視野が広い。
この世界について茜から教わるたびに、咲耶はその考え方に感心させられていた。
「聞いたでしょ? あのコの“禁忌”。屋敷から出られなきゃ、やれることなんて限られてるの。
菊は良い家の出でね。いろいろと美穂に仕込んでくれたけど、モノになったのは箏くらいなのよ」
言って見つめる先は、楽しそうに箏をつま弾く美穂だ。
時折、闘十郎や犬貴に目を向けながら演奏しているのを見ると、咲耶が思うよりも自由な曲なのかもしれない。
「あのコが退屈しないように、アタシもウチの“眷属”たちも手を尽くしたし──香火彦にも、物申したコトもあったけどね」
すべて過去のこと。
そう割り切るには、咲耶には想像もつかない長い年数を、美穂は限られた者たちと限られた空間でしか過ごせなかったことになる。
(私も、そう出歩くほうじゃないけど)
出る気が起きないから外出しないことと、出てはいけないから外出できないことには、天と地ほどの開きがある。
美穂は行動の自由を奪われただけでなく、心の自由をも奪われたのだ。
咲耶は、今日の昼間、和彰と共に歩いた桜並木を思いだす。
(あんな……他愛もないことすら、美穂さんには許されなかったんだ)
足を痛めてまでも山道を歩いてきた美穂と、そんな彼女に付き合った茜の心情が、ようやく咲耶の腑に落ちた。
「信じられないだろうけど、さっきみたいな無茶苦茶なコト言うのも、あのコが『コッチ』に来た当初以来なのよ。
やっと、自分で自分を赦す気になったのかもね」
「そうなんですね……」
盃の縁をなぞる指先と共に、伏せられる、明るい鳶色の瞳。つややかな声音と相まって、咲耶に色気を感じさせる。
(前から思ってたけど、茜さんって性別超越してるよね……)
男とか女とかの枠組みでなく。なよやかというよりは、しなやかな美しい獣を思わすような、その姿勢。
(言葉遣いとか仕草はアレだけど)
女性的ではあるが、女々しくはないのだ。
そして、美穂との戯れのような会話以外は、理知的で視野が広い。
この世界について茜から教わるたびに、咲耶はその考え方に感心させられていた。
「聞いたでしょ? あのコの“禁忌”。屋敷から出られなきゃ、やれることなんて限られてるの。
菊は良い家の出でね。いろいろと美穂に仕込んでくれたけど、モノになったのは箏くらいなのよ」
言って見つめる先は、楽しそうに箏をつま弾く美穂だ。
時折、闘十郎や犬貴に目を向けながら演奏しているのを見ると、咲耶が思うよりも自由な曲なのかもしれない。
「あのコが退屈しないように、アタシもウチの“眷属”たちも手を尽くしたし──香火彦にも、物申したコトもあったけどね」
すべて過去のこと。
そう割り切るには、咲耶には想像もつかない長い年数を、美穂は限られた者たちと限られた空間でしか過ごせなかったことになる。
(私も、そう出歩くほうじゃないけど)
出る気が起きないから外出しないことと、出てはいけないから外出できないことには、天と地ほどの開きがある。
美穂は行動の自由を奪われただけでなく、心の自由をも奪われたのだ。
咲耶は、今日の昼間、和彰と共に歩いた桜並木を思いだす。
(あんな……他愛もないことすら、美穂さんには許されなかったんだ)
足を痛めてまでも山道を歩いてきた美穂と、そんな彼女に付き合った茜の心情が、ようやく咲耶の腑に落ちた。
「信じられないだろうけど、さっきみたいな無茶苦茶なコト言うのも、あのコが『コッチ』に来た当初以来なのよ。
やっと、自分で自分を赦す気になったのかもね」
「そうなんですね……」