副社長は花嫁教育にご執心
そう言って、エントランスを通り抜ける彼の姿を見届けてから、はっとした。
灯也さんは、今日私が休んでいることを知らない。それなのに、ごく普通に小柳さんと話してしまった……!
用が済んで、職場に戻った彼は、灯也さんに報告するに違いない。奥様がご在宅でした、と。
体調が悪かったとはいえ、なんだか後ろめたい。今は元気で、料理なんかしちゃってるわけだし……隠そうとしても、赤ワイン煮込みのいい香りは、玄関まで届いてしまうだろう。
「やばい……」
今さら自分の犯した失策に気付き、落ち着きなく部屋をウロウロしてみたけど、数分後すぐにまたチャイムが鳴った。私は観念して、玄関のドアを開ける。
「こ、こんにちは」
ぎこちない愛想笑いで出迎える。しかし、スーツ姿の小柳さんは、ポーカーフェイスで愛想の一つもない。
こんな感じでは、「その後杏奈さんとはどうですか~」なんて世間話で場を和まそうとしてもダメだろう。うう。どうしたものか。
「こんにちは。突然すみません、ちょっと探し物がありまして」
「探し物?」
言ったそばから玄関をキョロキョロしだした小柳さん。
灯也さん、靴でも忘れてった?なんて、靴は履いていくものだからそんなはずないって。でも、それなら玄関で一体何を探しているんだろう。