副社長は花嫁教育にご執心
「灯也さん……?」
濡れた前髪の向こうにある、彼の瞳の色をうかがう。
すると、いつも涼し気に澄んでいるはずの瞳が、暗く濁った闇をたたえていた。鼓動がどくどくと、いやなリズムに乱れる。
「……いいよな、男兄弟がいると」
はじめて口を開いた灯也さんは、なぜだかこの状況とは関係なさそうなことを言う。
その真意がわからず彼を見つめ返すだけの私に、口の端を歪めて冷たく笑った彼が続けた言葉はこうだった。
「いろいろ、口実につかえて」
そん、な……。なんで、そんなことを言うんですか……?
私は、愕然とした。灯也さんは、小柳さんの言ったことをおそらく本気で信じているのだ。
でも、どうして? 少しずつではあるけど、私たちの信頼は、着実に積み重なっていたと思っていたのに。
「違いますよ……灯也さん、私の話を、聞いてください……」
「聞いてどうする。初恋の相手なんだろ?」
「は、初恋……?」
なんですか、それ。私の初恋は、灯也さん。今、あなたと育んでいる最中で――。