副社長は花嫁教育にご執心


目を瞬かせて呆気にとられる私の手を、和香子さんは無理やり引いて歩き出す。

食べられるって、いくらなんでも、それはないでしょ……? そう思いながらも、心臓はどくどく鳴って嫌な予感に拍車をかける。

灯也さんの反応はともかく、杏奈さんはどんな強引な手でも使いそうな人だ。

部屋に連れ込んで、服を脱いで。灯也さんが驚いている間に、ジョロウグモのように獲物を……絶対嫌だ! そんな展開!

ホテルに戻り、濡れたウエアもそのままに駆け込んだ自分の部屋は、もぬけの殻だった。この部屋にはいないみたい……。

一緒についてきた和香子さんは、すぐに次の可能性を指摘する。

「じゃあ、私と杏奈の部屋……?」

そのつぶやきを聞くや否や、誰より先に駆け出したのは小柳さんだった。

私と灯也さんの部屋から右にふたつ進んだ先のドア。そこが、和香子さんと杏奈さんがふたりで宿泊する部屋らしい。

しかし、すぐドアに手を掛けようとしていた小柳さんを制して前に出たのは和香子さんだ。

「ちょっと待って。私が代表して様子を窺うから」

そう言って、深呼吸をしてからドアに耳を当てた。どうやらいきなり突入する前に、中の声や物音を盗み聞きするつもりらしい。


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