【完】キミさえいれば、なにもいらない。
私より腕の長い彼は、水の中まで手が届いたらしく、そのまま泥水に手を突っ込む。


だけど、すぐに手を引っ込めると、困ったような顔で。


「あーっ、ダメだ。底までは手が届かねぇな。雪菜、俺にもその棒貸して」


言われて、手に持っていた木の棒を彼に手渡す。


すると一ノ瀬くん、今度はその棒でさっきの私みたいに水の中を探り始めて。


その姿を見たら、なんだか申し訳なくなってきてしまった。


どうしよう。私ったら、一ノ瀬くんのことまで巻き込んじゃった。


「い、いいよっ。一ノ瀬くん。大丈夫だから」


遠慮するようにそう告げると、一瞬こちらを向く彼。


「いや、雪菜が困ってんのに、ほっとけるわけないだろ」


「……っ」


そんなふうに言われたら、思わず胸が熱くなる。


通りすがりの他の人たちはみんな、誰も助けてくれなかったのに。


彼だけはそうじゃないんだ。


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