【完】キミさえいれば、なにもいらない。
膝をついて、溝の中に手を伸ばす彼の表情は、真剣そのものだ。


他人事のはずなのに。制服だって汚れちゃうかもしれないのに。


どうしてそんなに優しいんだろう。


「うーん、これ、この棒だと探しにくいな。なんかもっと他の……あっ、そうだ!」


するとそこで、一ノ瀬くんは何かひらめいたように、自分のカバンから下敷きを取り出す。


そして今度は木の棒の代わりに、その下敷きで水の中を探り始めた。


「えっ、下敷き?」


「うん。こっちのほうが探しやすいし、これで掬えるじゃん」


「で、でも、汚れちゃう……」


下敷きはすでに泥水に浸かって黒く汚れている。


それを見たらますます申し訳なくなる。


「いいよ。こんなの洗えばいいんだって」


でも、一ノ瀬くんはそんなの気にしていないみたいだった。


下敷きで何度も泥水を救い上げたり、水の底を掘ったりしながら、熱心に探してくれる彼。


私は隣にしゃがみこんで、その様子を一緒に見守る。


だけど、バレッタはなかなか見つからない。


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