目を閉じたら、別れてください。
「お前、ちゃんと病院行けよ。心配だろ」
「でも咳以外、ほんとどこも悪くなくて――」

言い終わらないうちに、マスクの上から頬を撫でられた。
そして近づいてくる瞳。
マスク越しに、何度も唇が重なった。

「ほら、キスしてもつまんねえじゃん」
「マスク取ればいいでしょ」
「へえ、取っていいの?」

ニヤニヤする彼が、マスクを外した。
もう車はどこにもないとはいえ、まだ式場の中にはプランナーさんがいるというのにどうしてこの人はこんなことができるんだろう。

それでもキスは嫌ではなかった。キスしている瞬間だけは、奇跡が起こったように咳が止まった。

「……優しいキスだね」
触れてくるだけの、気遣うキス。何度も何度も確かめるように啄むキス。
「ここで激しいキスしてもねえ」
「私に風邪移されたら、多忙な仕事が大変だし」

意地悪を言った。いや、これは挑発だ。
彼の眼が光る。目を細めると、ちょうど空に浮かんでいる三日月にそっくりだった。

「お前の風邪ぐらいで、俺の仕事に支障はないよ」

クスクス笑うそのやさしさ。
けれどそのやさしさが今だけは私の胸を抉っていった。
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